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第24話
雅樹との食事は、また黒兎の家で仕出し弁当を食べる、という形になった。雅樹のリードで和やかに食事は済み、落ち着いたところでまたあの質問をされる。
「結局、きみの好きな人がどんな人なのか、聞きそびれているね」
「……俺のことはいいよ……」
「そうかな? 友人としてそこは応援したいし」
黒兎は人知れず息を詰めた。最近二人きりで会うことが多いけれど、黒兎と雅樹は友人関係なのだ。
(危ない……勘違いするところだった)
雅樹は、内側に入れた人間には、とことん甘いらしい。確かに、視線すら合わなかった時からすれば、かなりの変わりようだし、それを知っている女性からすれば、なるほど、仲良くなりたいのも分かる、と黒兎は思う。
あの、甘い笑みをたたえた美丈夫 が、自分を甘やかしてくれる。そんな夢は女性なら一度は見たいだろう。
◇
そして時は少し経ち、ゴールデンウィーク。黒兎は招待された舞台を観に、電車を乗り継ぎ会場へ向かった。
ゴールデンウィーク中の千穐楽 に、招待してくれるのも破格の扱いだが、観劇後に隣の席のスタッフについて行くように言われ、変に緊張した。
しかし舞台はその緊張も凌駕する程の、ヒューマンドラマだった。
主役はやはり英 で、最後の『それでも、差し伸べられた手があれば、僕は迷わずそれを取ろう。それで僕にどんな災難が降りかかっても、後悔しない』という台詞に感動し、涙を堪えずにはいられなかったのだ。
無事にキャストや脚本演出の光洋 が舞台上で挨拶をし、幕が閉じると、黒兎は雅樹の指示通り、隣の女性に案内されてついて行く。
「おい瑠璃 」
STAFF ONLY と書かれた扉から中へ入ると、いきなり声を掛けられた。
見ると今さっきまで舞台上にいた、光洋がいる。
(いやそれよりも……)
黒兎は案内してくれた女性を見た。黒のタイトスカートのスーツに、黒縁メガネ、マスクをしているけれど、明らかにその美貌は隠せていない。
間違いない、Aカンパニー所属女優の、瑠璃だ。
どうして彼女が、と思っていると、瑠璃は短くため息をついて光洋を見やる。
「あら、早いわね。もう少しキャストと遊んでくるかと思ってたのに」
「ちょっとそこの芋に用がある。あと引き継ぐわ」
人のことを芋呼ばわりした光洋は、こっち来い、と黒兎を呼び寄せる。瑠璃はじゃ、よろしく、と言って去ってしまった。
「お前、何しに来た」
瑠璃が見えなくなってすぐ、光洋は身も凍る程の冷たい声で聞いてくる。黒兎は光洋にそんな態度をされる覚えはないけれど、彼の剣幕に押され、おずおずと答えた。
「……舞台を観に……」
「雅樹の招待で? この間あんた、取り入るつもりは無いって言ってたよな?」
グッと、黒兎は拳を握る。
「確かに雅樹はあんたを気に入ってるらしいが。……あんたは違うだろ」
「……っ、なに、が、ですか?」
黒兎はカッと頬が熱くなった。平静を装って話そうとして、失敗する。さすが元俳優で、雅樹も認める観察眼だ。彼は黒兎が雅樹に恋心を抱いていることを、見抜いていたらしい。
すると光洋はため息をついた。黒兎は床を睨みつける勢いで凝視していると、この際だからハッキリ言うけどな、迷惑なんだよ、とグサリとくる言葉が降ってくる。
「雅樹はお前と違って背負ってるものが違うんだ。堂々と公言できるような付き合い、できるのか? 雅樹に後ろめたさを感じさせないでいられるのか?」
できねぇだろ、と言われ、視界が滲んだ。瞬きも忘れ、パタパタと落ちていく粒を見つめていると、分かったならさっさと失せろ、と言われて、のろのろと回れ右して歩き出す。
そんなこと、言われなくても分かっている。
袖で乱暴に顔を拭うと、スマホがポケットで震えた。しかし、黒兎はそれを触ることもなく、前に進む。
そして、心に決めるのだ。雅樹とはもう会わないようにしよう、と。
どうしてもそばにいると、やはり欲が出てしまう。それならいっそ、断ち切った方がいい。
光洋の言うことは──例え彼に言われる筋合いはないとしても、一語一句その通りだと思った。雅樹は多くの人の生活を支えている社長だ、自分の存在が、彼の足を引っ張ることになるかもしれない。それは避けたい。
「……やっぱり、友達になるのも……難しかったか……」
そう呟くと、喉の奥に何かが詰まったような気がした。唾を飲み込んで流そうとするけれど、何かに引っかかっているように取れない。
少しの間だったけれど、彼の視界に入れたので十分だ。それ以上は望んではいけないと思う。
「黒兎……」
不意に呼ばれて振り返ると、そこには内田がいた。どうして、と思う前に、辺りを見回す。
帰り道の、駅のホームだった。
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