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第32話(R18)

 静かな部屋に、濡れた音が響く。  黒兎と雅樹はソファーで抱き合い、長い口付けを交わしていた。  一体どれくらいそうしていただろう。黒兎はふわふわと心地よい感覚に、思考が溶けていくのを感じる。 「……っ、んん……」  すると、雅樹の舌が黒兎の唇をちろりと掠めた。思わずくぐもった声を上げると、身体の奥で小さく燃えていた火が、一気に大きくなっていく。 「あ、……はぁ……っ」  唇を食むように吸われただけで、大きく肩が震えた。雅樹はそこでようやく口付けを止め、黒兎の目元を指で拭った。どうやら潤んだ目が、泣いていると思ったらしい。 「……触れていい?」  唇が付きそうな距離で訊ねられ、黒兎はほぼ吐息のような声で返事をした。そのまま軽くキスをされると、雅樹は黒兎のシャツを脱がせようとする。 「……雅樹も」  黒兎はそう言って雅樹のベストのボタンに手をかけた。そういえば、スーツとシャツを掛けておくハンガーが必要だな、と気付く。 「ちょっと待って、ハンガー取ってくる」 「黒兎の部屋? なら私も行こう」  付いてくると言い出した雅樹に、どうして、と視線を向けると、彼はにっこり笑った。 「ほら、ベッドの方がやっぱり負担が少ないだろう?」  そう言われてかあっと頬が熱くなる。もちろん、黒兎が嫌じゃなければ、と付け足され、黒兎はしぶしぶ案内した。  部屋に入ると、黒兎はクローゼットからハンガーを取り出す。その間に雅樹はある物に気付いたらしく、それをじっと眺めていた。 「はい、ハンガー……って、そっちは見なくていいよ」  黒兎は照れ隠しに、雅樹の視線の先に身体を滑り込ませると、雅樹に抱きつかれる。肩越しに、今しがた見ていた物をまた見ていると気付いて、身体の向きを変えようとするけれど、動かせなかった。 「……本当に、ずっと想っててくれてたんだね」 「……」  雅樹の目線の先にあるのは、舞台関連の雑誌や、公演のパンフレットだ。しかも、Aカンパニー関連の物しかないので、舞台好きの人にしては趣味が偏り過ぎている。 「いや、でも舞台は本当に面白いし……月成(つきなり)作品は特に……」  ボソボソと本音を言うと、雅樹はありがとう、とキスをくれた。そして着ているスーツとシャツをハンガーに掛けていく。  黒兎はそのハンガーをラックに掛けると、自分も、と服を脱ごうとする。しかし雅樹に止められた。 「脱がす楽しみをくれないかい?」  そう言って、黒兎のシャツのボタンに手を掛けると、プチプチと外していく。 「脱がす楽しみって……」  黒兎はそう言って照れながら呆れていると、雅樹は機嫌が良さそうに笑った。 「ああ。黒兎はなぜか、いっぱい甘やかして、泣かせたくなる」  不思議だな、と雅樹は続ける。 「笑って欲しいと思うのに、泣きながら私を求める姿が堪らなかった。だから、覚悟してくれると助かる」  自分にこんな加虐的な一面があったなんて、驚いているよ、と雅樹は黒兎の服を下着だけ残して、全て脱がせた。黒兎は恐怖なのか興奮なのか分からない身体の震えを、身を縮こまらせて抑える。 「か、覚悟って……」 「ほらその目……自覚ないのかい?」  そう言って背中を優しく押され、黒兎はベッドに連れていかれた。そこで横になると、雅樹が上に重なってくる。 「あまり自信はないけど……黒兎は何もしなくていいから」  それって、と黒兎は息を飲んだ。初めて黒兎が無理やり身体を繋げた時、黒兎が言った言葉だ。  そこでようやく、自分の好きな人が、自分を想って触れるのだと理解し、期待だけで呼吸が荒くなる。 「まさ、雅樹……雅樹……」  黒兎は再び始まった口付けに、息を飲み込まれた。(なだ)めるように頭を撫でられ、その手が耳に下りてくる。耳朶をふにふにと揉まれ、くすぐったさに身をよじった。 「ね、……雅樹」  息継ぎの合間に雅樹を呼ぶと、彼は口付けを止めてくれる。形のいい双眸(そうぼう)が黒兎を見つめて、細められた。  黒兎は自分の右の鎖骨を撫でる。 「ここ、噛んで?」 「え?」  そこはもう、痕すら残っていないけれど、内田に噛まれた箇所だ。 「痕、つけて。……俺は雅樹のだって……っ、ああっ!」  最後まで言い終わる前に、鎖骨に噛みつかれ、黒兎は痛みに顔を顰めた。 「これでいいかい?」  噛んだ後、べろりとそこを舐められ、黒兎は今度は腰に鈍い痺れが走って息を詰める。恥ずかしいことに、今ので完全に()ってしまい、自分の性癖をこんなことで知るなんてと狼狽えた。  そしてそれは雅樹も気付いたらしく、黒兎の硬くなったそこを下着の上から撫でる。ビクッと腰が震え、その甘く意識を溶かすような快感に、黒兎の口からも甘い吐息が出てきた。 「……噛んでこんなになるとか……黒兎はそういうのが好きなのかい?」  そう言って、雅樹は黒兎の下着の上から、先端を爪でカリカリと引っ掻く。強い刺激に黒兎の腰が勝手にうねり、その様子を見た雅樹の瞳には、獰猛な光が乗っていた。 「あっ、……っ、そ、そんなんじゃ……っ」 「そう言いながら、これも好きなんでしょう?」 「あぅっ、あっ、あっ、……だめっ、同時はだめっ!」  下半身と同時に胸も弄られ、黒兎は思わず上擦った声を上げ、雅樹の手を取った。  雅樹の口角が上がる。 「本当は、そんな声を出すんだね」 「……っ、そりゃあ、前と今とじゃ状況が違うし……っ」 「確かに」  今の方が数段感じているようだ、と雅樹は再びキスを落とした。

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