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第36話 花言葉:紫のライラック(雅樹視点)
どうか無事でいてくれ。私の願いは呆気なく崩れた。
私の誕生日にAカンパニー主催の舞台に招待し、そのあとまたみんなで食事をと思っていたが、舞台が終わったあと、綾原くんは姿を消してしまったのだ。
いや、正確には光洋 に追い出された。そして綾原くんを探している途中で、会場の最寄り駅で人身事故があったと報 せが入る。
舞台を観に来ていた人のほとんどが、足止めを食らっていると聞いて、なぜかいても立ってもいられなくて、駅まで様子を見に行こうとする。けれど光洋に止められた。そんなのはスタッフにやらせろ、と。
しかしそれから数日経っても、綾原くんと連絡が取れない。そしてあの事故で搬送された人も何人かいるという噂も聞く。私は言いようのない不安を拭えず事故のことを調べると、あの駅で起きたのは、飛び込み自殺だったと判明した。そして亡くなったのは、内田真 という人だという。
聞き覚えのある苗字に冷や汗をかいた。連絡が取れないのも、搬送されたからかもしれない、と綾原くんを探した。
「雅樹、お前仕事そっちのけでやる事じゃねぇだろ」
案の定、光洋は仕事がおざなりになった私に釘を刺してくる。それも当然だ、私が社長でいる事を、誰よりも望んでいるのは光洋だから。
けれど私は光洋を無視した。事故から半月後に綾原くんを見つけ、私は彼の様子に愕然とした。そして次には、光洋に対して、殺意にも似た強い感情が出てきたのだ。
綾原くんは鎮静剤で眠らされ、暴れるからとベッドに拘束されていた。眠っているなら拘束する必要はないだろう、と人権を無視された扱いに声を上げる。どうやらこの病院は、患者に不当な扱いをすることが常態化しているらしかった。
すぐさま転院か、退院の手続きを、とあちこち駆けずり回っていると、また光洋にお前の仕事じゃない、と言われ、再び全身が熱くなるほどの感情が沸いて出る。
「仕事? 光洋の言う仕事って何だい? 私の大切な友人を、光洋が追い出したせいで彼は大変な事になってる」
助けて何が悪い、と彼を睨む。しかし光洋は冷静な顔をしたまま私を見ていた。私の中で、友人というワードに、とてつもない違和感を覚えた事を、見抜いているかのように。
「お前が自分の仕事をやった上で、あの芋の世話をするなら止めねぇよ? だがどう考えても、今は芋のことばかりで社長業やってねぇだろ」
しわ寄せがスタッフに来てることも考えろ、と言われグッと拳を握った。
「……やれば良いんだろう? 分かった」
この、得体のしれないイライラと不快感は何だろう? 私はそう思いながら仕事をこなす。合間を見ては綾原くんのお見舞いに行くが、錯乱状態の彼は私が誰かも分からないようだった。
もう、こんな状態の彼を見るのは嫌だ、と思い、綾原くんの両親を説得し、ツテを最大限に使って次に通う病院の医師とも相談する。
そして、綾原くんを不当に扱う病院から、無事に助け出せる目処がついた時には、事故から一ヶ月が経っていた。
案の定また暴れていた綾原くんは、光のない瞳でこちらを見る。
その昏 い瞳に、少し、ほんの少しだけ光が戻ったのを見つけ、ようやく、彼と目が合ったのだと認識した。
そして胸に飛び込んできた綾原くんを抱きしめる。胸の中が温かくなり、何かに満たされる感じがした。それで私はやっと、自覚したのだ。
綾原くんのことが、好きなのだと。
そう思うと、今までの自分の行動にも納得できた。光洋にも話さない事を話したりしていたのは、本当に彼のことを心から受け入れていたからだ、と今更ながらに思う。
それならば、自分は綾原くんが立ち直るまで支えよう。例え彼に別の好きな人がいても、彼を応援しよう。
そう思って、私は綾原くんを抱きしめる腕に、力を込めた。
私の、人生で二度目の恋の芽生えである。
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