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第51話

婚礼の儀を控え、その準備には当人を含む周り全員が忙しく動いた。国の一大祭りともなるこの儀式は数日続くという。多くの国民が浮かれ、皆がワクワクとしていると聞く。 儀式後には、王妃として皆の前に顔を出して披露をするので、その瞬間をどこで見れるかというのが、巷では話題のようであった。 政務をこなしつつ率先して準備に協力するランディと、恥ずかしがりながらも、嬉しそうにしているリーラが印象的であり、二人の婚礼の準備に携わることが出来るのは、王宮で働く人々の誇りと活力にもなっていた。 リーラ自身は、さほど準備は多くないので、いつもの帽子を被り、薬草畑の手入れをしている。キッチンやそこで働く皆に久しぶりに会うことができた。 「リーラちゃん!っと…王妃様ですね」 「呼び方はいつものままがいいです… 僕もまだ慣れないし、今まで通りにしてもらいたいです」 そっか、と皆が笑顔で迎えてくれた。 キッチンからはいい匂いがしてくる。 リーラを囲み皆でいつものように昼を食べる準備をする。 「あの時、俺びっくりしたよ」 「聞いたわよ、ランドルフ陛下が皿洗いしにキッチンに来たんだってね」 「やるわよね、陛下も。そんなに牽制しなくてもいいのに」 「された方の俺らは、たまんないよ」 「で?皿洗いって出来るの?陛下」 「させるわけないだろ!」 ここは相変わらず活気に満ちている。 この場所には支えてもらってるんだよなと改めて思い返す。 「これからもここに来ていいですか? 僕、いつも皆さんから元気を貰ってました。ここにはいっぱい助けてもらった」 もちろんだと、皆が笑顔で口々に言う。よかったとリーラは胸を撫で下ろした。 「私たちはリーラちゃんの味方だから」 「何かあったらいつでも来いよ」 「頑張れよ、盛大な儀式やるんだろ」 胸が熱くなる思いだ。初めて来た時からずっと優しく、よそ者だったリーラを見守っていてくれた。悩んだ時も笑った時も、ここに来ていたなと思い出す。ありがとうと涙目で言うリーラを、皆温かく送り出してくれた。 婚礼の儀は、神殿で粛々と執り行われた。神官様の前で、夫婦となる誓いを立て、王室伝来である王妃の冠を、即位のしるしとしてリーラの頭にのせて終了となる。 王妃の冠は『水のボール』の上に乗って聖壇にいるランディとリーラの前にまで運ばれてきた。 ネロが水のボールを持ち、隣ではアルが籠を持ち、二人が真剣な顔で聖壇まで歩いてくる。 水のボールはリスの形をしていて、ランディとリーラは思わず笑みが溢れた。 「ありがとう」と、小声でランディが言い、ネロから冠を受け取る。 リーラの頭にランディの手によって、 冠を授けられた瞬間、人々から王妃万歳と歓声をあがり、アルが持っていた籠がパンッと鳴らし、音と共に弾け花びらが宙に舞う。晴れて夫婦となり、王妃誕生した瞬間であった。 儀式の後、国民にいち早く伝えようと、神殿のバルコニーからリーラはランディに伴われて、国民への挨拶を正式に行った。集まった人々の大歓声で迎えられ、大勢の人が王妃万歳と叫び声を浴びる。 その際に、ランディの口よりネロとアルの存在も発表された。二人の力も隠すことをせず堂々とランディは民に伝えたことに、国民の多くから更に支持を得ていた。ランディの大きな器がそうさせたことであった。 婚礼の儀式を終えて、残されるは宴会となる。王室、隣国の王族、招待された来賓が参加し、初披露となるリーラの姿が見れるのを待ちに待っているのだった。 シエイ国の国王も参加すると最終報告を受けた数日前の離宮では、不服な態度のランディを宥めるリーラの姿があった。 シエイ国は、リーラを捕まえようとした事件があったため、当初は参加見送りかと言われていたが、先方の強い希望により出席となった。 「俺、あいつだけは許さねえ…」 離宮のベッドの中でリーラがシエイ国が参加すると話を出した途端に、最近控えていた殺気を放出し、不機嫌になる王がいた。 「もういいでしょう。悪かったってわかってるんだから。参加したいって言ってくれてるんですよ、僕は嬉しいけど」 「来るのか?思い出すとイライラする。あいつ、判断が遅いんだよ。だからいつも後手に回る」 ふんっと不貞腐れてベッドに仰向けに寝ているので、そんな、おとなげない態度取らなくてもいいのにと思いながら、眉間の皺を撫でている。 「ちゃんと出来たらいいのか。何かしてくれんの?」 「うん…まあ、そうですね」 「ふーん…」 とりあえず機嫌が直って、シエイ国の王に失礼がなければと思い、その場は曖昧な返事をリーラはしていた。 「シエイ国の王よ、よく来てくれた。 感謝する」 ランディの落ち着いた声が響き渡る。 王妃披露では、ランディ、リーラの前に各国の首脳が入れ替わり立ち替わり来て、次々と挨拶の言葉を貰っていた。 次の順番がシエイ国だとわかると周囲に緊張が走り、クリオスとレオンも近くで控えている程である。だが、皆の緊張をよそに、顔に笑みを浮かべ落ち着き払った態度でランディは感謝の意をシエイ国の王に表したのだ。 「この度はおめでとうございます。また、あの時の事は、今でも大変申し訳なく思っております。我が国の民が王妃に許すまじき行動を取ったにも関わらず、寛容な態度を示し許してていただいた。今は、恥じぬことのないように国を立て直しております」 深々とシエイの国王が頭を下げる。 祝いの席とはいえ、ここに来るには大きな決断があっただろうと想像できる。 「我が国にも報告は届いている。許すまじき行為ではあるが、これから先はそちらの未来に賭けようと思う。そうだな、何かあれば相談せよ。こちらも協力は惜しまない」 ランディの言葉を聞き、シエイ国の王が目を見開き、感動していた。あの殺意剥き出しだった王からは、考えられない寛大な言葉である。 「ランドルフ陛下、ありがとうございます。そして王妃おめでとうございます」 もう一度頭を下げ、シエイ国の王は下がっていく。シエイ国の噂は周辺の国にも広がっていただろう。そのため祝いの席ではあるが、この宴全体に緊張が張り詰めていた。更に、ランディの対応ひとつで、シエイ国は周りの国から孤立してしまう可能性もあった。 ランディとシエイ国の対話を目にし、周りから緊張が解けていくのがわかる。懐の深さを出し、余裕ある態度と貫禄を見せつけたランディは、この場の多くの来賓達を魅了させている。 リーラもホッと胸を撫で下ろし、ランディに目を向けると、笑みを浮かべてリーラを見つめており、目が合った。 (うわぁ…褒めてくれって、顔に書いてある… あんなに駄々こねてたのに。でも、よく頑張ったな。ランディ…) リーラの心中を知らない皆は、見つめ合う二人を微笑ましく眺めている。 こうして、婚礼の儀式と王妃披露の宴は平穏無事に幕を閉じることが出来た。 薬草畑にふわふわと舞踏会用の帽子が 浮かんでは消えているのが見える。 「リーラ、あそこにいるね!見える」 「僕たちの部屋、水浸しにしたの怒ってるかな…どう思う?ランディ」 「どうだろうな、まぁ、怒られたら俺も おまえらと一緒に謝ってやるから」 薬草畑に近づく三人の姿があった。 水が豊富な国は、若き王の功績により国を大きく発展し成長を続けていく。 水と風、そして大地を豊かにする三人は王に溺愛されながら過ごしていく。 end

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