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第66話

あたりを見回すと、そこは異様な場所だった。 甘い香りと黒い石に囲まれた場所に足を踏み入れた瞬間、ぞわりと寒気が身体を襲う。 『何者だ!』 己を忘れた火の神、エイダンが炎を投げて来る。 僕は投げてくる炎を避けず、真っ直ぐエイダンに向かって歩いた。 水の神の守護なのか、はたまた風の神の守護なのか? 『寄るな!誰も我に触れるな!』 業火が向かって来ても、その業火が俺の身体を避けて全て壁に当たって黒い石に吸い込まれて行く。その様子は、まるで力を飲み込むブラックホールのようだった。 気味の悪いこの場所から早くシルヴァを救い出したくて、俺は暴れるエイダンの身体を抱き締めて 「シルヴァ、俺だ……多朗だ。帰って来たよ」 そう耳元に囁いた。 ピクリと身体が震え、それでも暴れようとするエイダンの身体を強く強く抱き締めて 「一人で戦わせてごめん。もう、お前を一人にしないから」 そう言って、そっとエイダンに身体を乗っ取られているシルヴァの唇にキスを落とした。 すると暴れていたエイダンの姿をしたシルヴァが大人しくなり、ぼんやりと俺の顔を見上げた。 そっとシルヴァの頬を両手ではさみ 「迎えに来たよ、シルヴァ。一緒に帰ろう」 と言うと、俺は再び唇を重ねた。 すると、ゆらりと赤い瞳が一瞬だけサファイアの色に変わった。俺がシルヴァの手に嵌められた魔石に手を当てると、身体からエネルギーが吸われている感覚にゾワゾワと鳥肌が立つ。 しばらくすると、シルヴァの手錠が冬の寒さで凍り付いた湖が、春の木漏れ日にあたり氷が溶ける時に鳴らすようなピキピキっと音を立て始めた。 そして一本『ピシッ』と高い音と共に、深いヒビが入り手錠が粉々になった。 自由になった両手をぼんやり見つめているシルヴァの右手を頬に。 左手を俺の腹に当てると 「シルヴァ……、遅くなってごめんな。迎えに来たぞ。シルヴァ……分かるか?俺の腹の中に、お前の子供が居るんだ。お前、父親になるんだよ。だからシルヴァ、帰って来い!」 泣きながら叫んだその時、俺の首に掛かっていたエメラルドの指輪から緑の光が。 ガーネットの色だった指輪が青い光を閃光を放った。あまりの眩しさに視覚が奪われてしまい、ゆっくりと目を開けると俺とシルヴァがディランのいる湖の中で抱き合っていた。 「多朗?なんで此処に?」 驚いた顔をしているシルヴァは、俺の知っているシルヴァよりもかなり痩せ細っていた。 あんなに綺麗に着いていた筋肉も落ち、眩しいくらいにキラキラしていたシルヴァの顔は、痩せこけてげっそりしていて見る影がなくなっている。 泣きながらそっとシルヴァの頬に触れ 「帰って来たんだよ。お前を……この世界を守る為にな」 そう言って、シルヴァを強く抱き締めた。 するとシルヴァは俺の身体を引き剥がし 「ダメだ!此処に居たら、お前まで危険な目に遭ってしまうんだぞ!」 そう叫ぶシルヴァに 「でも俺、もう帰れないから」 と苦笑いをして答えた。 「え?」 驚くシルヴァに 「聞こえてなかった?俺の腹ん中、お前の子供が居るんだよ」 俺の言葉に、シルヴァが信じられないという顔をして目を見開いた。 (あぁ……俺の大好きな、サファイアの瞳だ) 溢れ出す涙を拭うのも忘れて、俺はそっとシルヴァの頬に触れて 「信じられないよな、俺もだよ。でもさ、確かに居るんだよ。まだ受精したばかりのお前の子供が」 そう言って、俺の腹にシルヴァの手を当てた。 「しっかし、お前の精子半端ねぇな!あの日に受精させるとか……」 肩を窄めて笑う俺に 「でも、あの日に受精していたら、帰れなかった筈では?」 「あ?知らねぇよ!まぁ、お前の精子が俺の卵子に着床した瞬間にあっちの世界に帰ってたんじゃねえの?で、俺が記憶を取り戻して異世界(こっちのせかい)に帰る瞬間、あの日にお前に抱かれた後のこっちの身体に戻ったんだろうな。まぁ、なんにせよ、さすがお前と俺の子供だ。しぶといよ」 にやりと笑う俺に、シルヴァがまだ戸惑った顔をしている。 「お前も分かるだろう?お前の父親が託した、風の神様の器がこん中に居るんだよ。だからさ、お前も腹を括れよ!お父さん!」 大きく目を見開いたままのシルヴァの頬を軽く叩き、俺は小さく微笑んだ。 同じ神様を宿す器だから分かる。 この世界を守る為に生まれた、小さな息吹が確かに俺の中に芽吹いている。

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