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第1話

言わなくても伝わるなんて嘘だ。 だって・・・ そうだろ? こんなに逢瀬を重ねて こんなに二人の時間を重ねて どんなにありのままの自分を曝け出しても この想いを言葉にしなければ彼には伝わらない。 何時だって彼は・・・ ただ口元になんとなく微笑みを浮かべて俺を見てるだけ。 隣にいる彼に俺の気持ちは伝わっていない。 こんなにも俺は彼が好きなのに。 彼に出会ったのは何時だった? 確か・・・ 一年前だ。 一生に一度じゃねぇ?なんて大袈裟かもしれないけど 予定から外れた行動を俺はとった。 まあ、会う約束をしていた彼女からキャンセルが入ったからなんだけどね。 前日に組んでおいた詰め込みすぎだろ?ってくらいの本日の予定が ラインに入った 『ごめん、どうしても外せない予定が出来たの』 その一言で白紙になったんだから俺の頭の中も真っ白だ。 とりあえず、頭の中で彼女抜きでの予定をシュミレーションしてみるも虚しく 今日、組んでた予定は二人でするものばかりだった。 映画鑑賞とかなら、俺ひとりでもできるが・・・ 本日の予定は婚約したばかりの彼女と式場巡りだ。 予定通りことを運びたい俺でも流石にこれは無理だ。 彼女も連れずに男ひとりで式場巡りなんて・・・ 想像しただけで悲惨な結果が待っているだろう事は間違いない。 「どうするよ、今日・・・」 呟いてみる。 泣き言を口にしたとこで状況が変わるわけじゃない。 なら・・・ 昨夜立てた予定は棄ててひとりでも楽しめることをしよう。 折角、取った有給だ。 無駄にするのはもったいない。 そう思って辺りを見渡せば・・・ 待ち合わせ場所の交差点の先に何やら個展開催の文字。 行き当たりばったりは苦手だし 全くもって絵心のない俺は絵画の知識なんてないけれど 何故か・・・ その個展を見てみるかって思ったんだ。 何故か? そう訊かれても明確な答えは言えない。 けれど・・・ 俺の足は勝手に点滅始めた信号機に視線をやりながら 交差点を小走りで渡っていた。 『平石 岬 個展』その文字を目指して。 青と白を基調にした決して広くはないスペース。 受付のにこやかに笑みを作る女性からチケットを購入し 俺は空調が効きひんやりとした会場を歩く。 中央にはオブジェ。 何の?って感じの。 抽象的過ぎて俺にはその良さがわからない。 ただ・・・ 凄いとは思った。 そのオブジェが描く曲線は滑らかでとても繊細な感じ。 こんな造形を作り上げる指も綺麗なんだろうか? そんなことをぼんやりと考えながら自分の指を見てみる。 節のしっかりとした男の指。 こんな俺みたいな指じゃ・・・無理だよなって思わず苦笑いがこみ上げて 慌ててその無骨な指で口元を隠した。 平日のせいもあるのか 夏の肌を射すような暑い日差しのせいだろうか 会場には作品以外、俺がひとりポツンと存在するだけで 少し、居た堪れなくなってきて『もう、出るかな?』そう思った時 一枚の絵が俺の目の中に飛び込んできた。 青い綺麗な海の絵。 その海を眺めるひとりの・・・少年? いや、青年だろうか・・・ 海を眺めるその青年の横顔がどこか憂いを含んでいて。 なのにこの絵のタイトルは『夢』で。 矛盾を感じた。 俺のこの単純な頭で『夢』って言葉を連想すれば これから起きる嬉しいこと、楽しいこと そう言った類の幸せなことに向けられる言葉で。 頑張ればなんとかる!みたいな・・・ 夢は叶えられるもの!みたいな・・・ そんな感じだ。 だから・・・ この描かれている美しい海を眺める青年のどこか憂いを含んだ横顔や 悲観にくれたような眼差しが理解できなかった。 もしかしてこの『夢』と言うタイトルの前には 叶えられなかった、叶わなかったがつくのかもしれない。 だとしたら・・・ この絵が表すところの意味合いがなんとなく理解できる。 「この絵、気に入って頂けました?」 不意に肩越しに声をかけられドキリとして振り返ると そこにはこの青年と面影の似た男が立っていた。 「いや・・・あの・・・」 突然の問いかけにしどろもどろしてしまう俺に 「すみません、急にお声をかけてしまって・・・」 そう申し訳なそうに でも、笑みを作った男が『平石です』と名乗った。 その名を聞いて、彼がこの個展の主催者であり、この絵の作者なんだと知る。 「個展は何で?  オレのファンに男の人がいるなんてちょっと以外で」 そう言ってはにかんだ様な笑みを作った口元をほっそりとした長い綺麗な指が隠す。 その指を見て 『ああ、やっぱり綺麗な指なんだな』と オブジェを見ていた時に考えていたことが頭に浮かんだ。 同じ男なのに・・・ 節のしっかりとした男の指をした俺。 それとは正反対のほっそりとした長い綺麗な指。 それだけでも共通点のない俺たち。 そんな俺と彼が婚約をしていた彼女を振って 人の道から外れた関係を持つようになるなんて この時はまだ予想もしていなかった。 そして・・・ この絵に描かれていた憂いを含んだ横顔の理由も この時の俺は何も・・・ 本当に何も彼のことを知らなかった。 ただ・・・ ほっそりとした長くて綺麗な指の男だとしか。 俺とは全く正反対の指をした男だとしか。 だから・・・ 共通の二人の時間を重ねるようになって 彼からポツリ、ポツリと告げられる過去を耳にする度 俺は黙って彼を抱きしめるしか出来なかった。 「俺・・・本当はダンサーになりたかったんだよね」 そう・・・ あの時、飛び込んできた一枚の絵を同じ憂いを含んだ横顔で 彼が好きだと言う海を一緒に見ながら呟いた彼を 俺はただ、黙って抱きしめるしか出来なかったんだ。 その言葉の理由なんて聞いたところで 彼を癒せるわけないってわかっていたから。 でも、この時・・・ きちんと言葉にしておけば良かった。 「俺じゃ、あなたの力になれないかな?  俺はあなたが好きだから・・・  あなたの悲しそうな顔、見たくないよ」 そう・・・ ちゃんと言葉にして伝えれば良かった。 言わなくても伝わるなんて嘘だ。

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