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第2話

子供の頃からの悪い癖・・・ ひとつの事に夢中になると周りが見えなくなってしまうくらい それにのめり込んじまう。 そして、自分自身が納得出来るまで とことん突き詰めたくなる。 よく言えば、集中力があるとか ストイックとかって言葉がぴったりだけど 俺の場合は・・・オタクに近いかもしれない。 だから、どちらかを天秤にかけられたりしたら 絶対、のめり込んでるモノを取るし その事については 「口出ししないで、放っといてよ?」 って思ってしまうんだ。 だから、恋人から振られる理由はいつも同じ・・・ 「私より、ダンスが大事なのね?」 興味のあることにしか関心が持てないし 隣でファッションや、流行りの店の話をされても 全く頭に入ってなんか来なかった。 結局、恋愛とは縁遠くなり 益々ダンスに打ち込んで プロとして舞台に立てるまでになった。 身体も小さく、ダンサーには不利な体型も 必死に努力して、自分の長所に変えていった。 力で踊るんじゃなくて、綺麗に魅せる事を心掛けていくと いつしか「妖精」とか 「無重力の貴公子」なんて呼ばれるようになっていた。 それは、何のコネも後ろ盾もない普通の少年だった俺が やっと足を踏み入れた夢の入り口だった。 その日は、午後開演の舞台の本番に備えて 午前中からリハーサルが入っていた。 蝉の声が耳障りなほどうるさく響く、暑い日差しのなか 俺は額に汗を滲ませ 少しだけクラクラしながら 横断歩道を渡っていた。 次の瞬間、大きなクラクションの音と 耳をつんざくようなブレーキの音が聞こえて 俺の身体は宙を舞った。 信号無視のトラックが俺をハネる寸前で、ギリギリかすった。 でも、後続を走っていたバイクに跳ね飛ばされたのだ。 信号がトラックの背に遮られ見えていなかったらしい。 一命は取り留めたものの 左足の神経が、ズタズタになり 辛いリハビリを重ねても 元通りには治らず びっこをひかなければ歩けなくなってしまった。 『命が助かっただけ、マシでしょう?』 皆が口を揃えてそう言ってきたけれど 俺からダンスを取ったら 空っぽの脱け殻が残っただけ・・・ 足が不自由になることはダンサーとしては致命傷。 ・・・俺は夢を失った。 高校を中退してまで踊る事にだけのめり込んでいた そんな俺が踊れなくなったのはまだ、ハタチになったばかりだった。 自暴自棄になった俺の生活は乱れに乱れ 父親が早くに他界していたから苦労して たったひとりで俺を育ててくれた母ちゃんにラクさせてあげたかったのに それも叶わなかった。 母ちゃんが、心配そうに声をかける度に 何も出来ない俺は、余計に苛立ち反発して 家にも殆ど帰らなくなったんだよな・・・ そんな生活を一年ほど続けた結果、俺は精神的にも追い詰められて 血を吐き、病院に入院するまで身体を壊してしまう。 母ちゃんがベッドの枕元で 『また、好きなことを見つければいいじゃない?』 と、笑顔で言ってくれた言葉で 俺はやっと我に返れたんだと思う。 カウンセリングの先生の勧めでたまたま描いた絵が 凄く好評で院内に飾られた。 確かに、ダンスの合間 気晴らしに絵を描いていたけれど それは全部鉛筆画で どちらかといえば、自身の日記に近いモノだったから 誰にも見せることなどなかったから まさか、何となく足を踏み入れた世界で 個展が開ける程、認められるようになるなんて・・・ その時の俺は想像も出来なかった。 身体を躍動させ、表現する世界から一変して 精神を躍動させて自身の内にあるモノを表現する世界へ・・・ 周りの誰もが鼻で笑った。 『え・・・アート?・・・粘土?  何ソレ?  また、そんな夢ばっか見てないで現実に目を向けてさぁ・・・  いい加減、まともに働けよ・・・』 『高校中退で、美術の知識も専門の学校も出てない奴が  生きていける世界じゃないでしょ?』 でも・・・ その言葉1つ1つが俺の悪い癖を目覚めさ 周りが見えなくなるくらいのめり込んだ。 そして数年後・・・ 新進気鋭のアーティストとして、世の中に認められるようになったけれど ハッと気がつけば 働き詰めだった母親は体調を崩して仕事を辞め 一年程、闘病した後に静かに息を引き取った。 俺は・・・ ひとりぼっちになってしまった。 『好きなことをしなさい』と言った母ちゃんの言葉が 胸の奥に棘のように刺さって抜けない。 俺は・・・ 誰のために好きな事をしたらいいのか、わからなくなっていた・・・ 母ちゃんに 『ありがとう』も『大好きだよ』の一言さえ まともに言うことも出来なかったのに・・・ ちゃんと言わなきゃ伝わんないのに・・・ 言葉にしたら母ちゃんが 目の前から消えていきそうな気がして 怖くて仕方がなかったんだよ。 何も言えないまま 母親を見送った俺は やっと出会った大切な人にも 言葉で伝えることに臆病になって。 ・・・大事なものを失う事が怖くて・・・ 言葉を受け入れる事にさえ頑なになって 目の前で優しく微笑む人を 傷つけてしまうようになっていたのかもしれない。 あの事故があった日と同じように 照りつける太陽が眩しい夏の昼下がり。 その日は、美術雑誌の取材があり 個展会場に来ていた。 取材後も、何となく帰るのが憂鬱で ぼんやりと受付の奥の椅子にもたれていると カツン・・・カツン・・・ 革靴の音を響かせて、ひとりの男が会場内に入ってきた。 薄手のジャケットを羽織り 身なりが整いすぎている男。 美術関係のバイヤーとか そういった類いの仕事関係の人なのかと思って じっと目で追っていたら その男はぐるりと会場内を見回したかと思うと 何故か口元に笑みを浮かべて慌てて手で隠したり 頭を恥ずかしそうに掻いてみたり・・・ どこから見ても同じ歳ぐらいの真面目そうな感じなのに その一つ一つの仕草が、何となく可愛らしくて 胸をギュッと捕まれたように何だか目が離せなかった。 その男が、場を出ようと踵を返しかけた時だった。 何故か一枚の絵の前で、立ち尽くしてしまい まるで動けなくなった人形のように絵を見つめている。 その絵は青と白を基調にした油絵で タイトルは『夢』。 自らの想いを込めて描いた絵・・・ その前で、ぴくりとも動かなくなっている男に 俺は興味が湧いた。 そして、他人に関心なんか持たない俺が 「この絵・・・気に入って貰えましたか?」 と、気付けば声をかけていたのだ。 近くで見た男は、大きな瞳に好奇心と知的さを滲ませた とても感じが良い、美青年だった。 俺は「男性ひとりで絵を見にくるなんて珍しいですね?」 と、素直に疑問をぶつける。 すると「デートがドタキャンになってしまって・・・」 と、照れながら素直に答えた男に 少しだけ、羨ましいと感じた想いが胸をよぎった。 自分にも、分かり合える相手がいたら・・・ そんな一抹の寂しさが顔に出たんだろう。 男からの 「突然でアレなんですけど・・・もしよかったら・・・  俺、すげぇ暇だし腹減ってるんですよ。  一緒にランチでもどうですか?」 その誘いにヒョイとのった自分が悪いのか・・・ 何がきっかけでノンケ同士の二人が・・・ 時々逢って身体を繋ぐ関係になった。 それから一年・・・ でも、彼は・・・ 隼人は 婚約者の彼女と別れたりはしなかった。 何を言われても 愛の言葉を囁かれても どんなに想いを重ねても・・・ それが・・・ すべての答えのような気がした。 だって・・・そうだろ? 近くにいるからこそ 言わないと伝わらない事があるんだ・・・ でも・・・ 失うのが怖くて言えない事や訊けない事だってある。 だから俺は・・・ 隼人を・・・ 愛さないように・・・ 本気で好きになったら 失った時に、また辛い思いをするだけだから もう何かに、誰かに夢中になるのはやめよう・・・ そう思い込んでいたんだ。 だからこそ、何も言わなかったし 隼人の想いも、ただ笑ってやり過ごしていた。 けど本当は・・・ 言えなかったんだ・・・ 俺の悪い癖・・・ 好きだと思ったら、周りが見えなくなる程 それにのめり込んでしまう。 だから、隼人に溺れないように 隼人しか見えなくならないように 俺は、始めて・・・ 自分の心の中に芽生えた熱に蓋をして 隼人への想いを押し殺した。 言わなくても伝わることもあるなんて あれは・・・ 絶対に嘘だ・・・

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