3 / 8

第3話

好きだって気持ちが疑う気持ちになってしまって。 だけど・・・ 好きだからこそ困らせたくもなってしまう。 好きだって抑えきれない気持ちが溢れかえって。 でも・・・ 好きだからこそ忘れようともしてしまう。 大切なことは言わなくっちゃって・・・ そんなこと誰かに言われなくたって分ってんだけど 思った通りに上手くはいかない。 言わなくても伝わるなんて嘘だ。 あの日・・・ 彼から声をかけられた俺は 初対面にも関わらず彼を食事に誘った。 今、考えれば我ながら凄い神経の持ち主だ。 たかが一介のサラリーマンである俺なんかとは住む世界の違う彼を 食事に誘ったのだから。 一体、何を考えてたんだか・・・ あの時の事を思い出すと今でも冷や汗がでそうだ。 なのに・・・ 彼は全く面識もない、会って間もない ましてや彼のファンでもない俺の誘いに乗ってくれた。 本音言えば・・・ 断られるだろうと思って誘った。 いや、違う。 断らないで欲しいと願って誘った。 彼とこのまま・・・ 挨拶だけで別れてしまうのが俺は嫌だった。 そう・・・ 俺は会ったばかりだと言うのに 彼と何かしらの関係を築きたいと思ったんだ。 それは・・・ あの絵のせいかもしれない。 あの絵に描かれていた青年と彼が似ていて・・・ そして・・・ 少し足を引き摺って歩く彼の過去が気になって。 会ったばかりで彼の事など何一つ知らないのに 俺はこのまま彼を放っておけなくて。 ・・・彼からしたらいい迷惑かもしれないが。 あの感情はなんだったんだろう・・・ とても不思議な感覚。 小さな事でも計画を立てて進む俺が 何も考えず、ただ・・・ 想いのまま動くなんて。 何回目の一生に一度だよ?って 自分で突っ込むのもどうかと思うが 本当に初めてだったんだ。 こんな・・・ 頭で一切考えず、自分の気持ちだけで動いたのは。 けれど・・・ それは今でも間違いじゃなかったと胸を張って言える。 想いのままに・・・ 例え俺の自己中心的な、我儘だと取れる行動だったとしても。 婚約していた彼女を泣かせてしまうことになった今でも・・・だ。 間違いじゃなかったと胸を張って言える。 初めて食事で彼と連絡先を交換した。 二度目の食事で平石さんではなく 岬くんと呼ぶことを許してもらえた。 三度目は飲みに行って 酔いも手伝ってか岬くんは独学で ここまでの作品を描けるようになった事を教えてくれた。 四度目は食事に言った帰り俺の部屋に誘って ・・・初めて唇を重ねた。 互いに「好きだ」と告白もせずに。 五度目は岬くんから「釣りに行ってきたから」と 彼の部屋に招いてもらった。 岬くんが捌いてくれた刺身と美味い酒を 二人で食って、飲んで、程よく酔って ・・・今度は唇だけでなく躯も重ねた。 それでも「好きだ」と互いに口にはせずに・・・ 岬くんを抱きながら俺の思考は彼女に向かう。 どう謝罪し、婚約を無かったことにしてもらおうかと・・・ 心を占める罪悪感。 けれど・・・ 岬くんの肌に触れられた喜びの方が勝り その罪悪感はあっさりと何処かに消えてしまう。 それほど、彼に、岬くんに夢中になっていた俺。 「・・・あっ・・・や、隼人・・・あぁ」 吐息を吐きながら、ほのかに染めた頬が愛しかった。 初めてであろう行為に必死に応えようとしてくれる姿がいじらしい。 俺の節の太い無骨な指が岬くんの滑らかな肌に触れる度に ピクンッと跳ねるカラダ。 彼の細くて長い美しい指が俺の首に絡みつくだけで ドキンッと跳ねる心臓。 数少ない知識を駆使して岬くんと一つになれた時にはもう・・・ 彼女のことは頭から消えていた。 だから・・・ 彼女に酷い言葉を浴びせられ、罵られ、 人間のクズとまで言われても心に傷は負わなかった。 岬くんの肌をこの俺の肌で 岬くんの体温を俺の体温で包み込めるなら・・・ それだけで幸せだったんだ。 この時・・・ 岬くんもそうだろうと自惚れていた俺は間違いを犯す。 まさか・・・ 彼女が岬くんの存在を知り 彼にまで酷い言葉を浴びせ、罵り、責めていたなんて・・・ 俺は全く知らなかったのだ。 そんなこと何一つ知らずにいた俺は 彼女と婚約していたことも そして・・・ その彼女と婚約を破棄したことも岬くんには言わなかった。 だって、そうだろ? 彼は知らないと・・・ 俺が婚約していたことなど知らないと思っていたのだから。 俺も30を越した大人だ。 彼女の一人くらいいたって当然だし 岬くんにだって彼女がいたかもしれない。 けれど・・・ こうして躯も重ね合い、互いに「好き」って言葉を口にしていなくても 重ね合った唇や熱い肌に感じるものがあったはず。 少なくとも・・・ 俺にはあったんだ。 岬くんは俺を「好き」なんだって言う確信が。 だから・・・ 態々、彼に婚約していた事や彼女の事を話し 傷つける必要なんてないと思っていた。 けれど・・・ それは間違っていた。 俺は勝手にそう思い込み、決め付けていたんだ。 岬くんの考えは違っていたんだよ・・・な。 この件に関しては全て俺が悪い。 全て自己責任で決めたこと。 けれど・・・ 今でも思ってしまうんだ。 それを何故、彼に伝えなければいけない? 態々、何故・・・ 彼を傷つけて迄、真実を話さなければいけない? 「好きだ」と告白はしていなくても俺は彼が好きだ。 一生を共にしようと思った相手よりも・・・ 岬くん、君が大切なんだ。 なのに・・・ 岬くんは俺との連絡を絶ってしまった。 番号も、アドレスも変えられてしまって。 運悪く出張で2週間東京から離れていた間に引越しまでされてしまって。 部屋を訪ねた時には彼の存在は跡形もなく消えてしまっていた。 岬くんから来た最後のメールを何度も読み返す俺。 『好きだった。  好きって気持ちがこれ以上抑えられなくなる前に消えるね。  隼人クン・・・俺のせいでゴメン。  彼女とやり直して・・・』 今になって『好きだった』なんて卑怯だよ。 『好きだ』じゃなくて『好きだった』なんて。 今でも『好き』ではいてくれないの? 俺は今でも岬くん、君が『好きだ』よ。 言葉にこそしなかったけれど・・・ ずっと『好き』だったんだ。 過去形じゃなくて今でも岬くん・・・ 俺は君が『好き』なんだ。 言わなくても伝わるなんて嘘だ。 大切なことは言わなくっちゃって それこそ誰かに言われなくたって分ってんだけど 思った通りに上手くはいかないし、何より・・・ 君は言わせてくれなかったじゃないか・・・ 俺が『好きだ』そう言おうとしたら君は直ぐに俺の唇を塞いで その言葉を音にする前に自らの唇で飲み込んでしまって。 俺に『好きだ』と告白させてくれなかった。 岬くん、君は・・・ 何に怯えていたの? それは・・・ 俺に? それとも・・・ 君、自身に? それを紐解く鍵はあの絵にある? ねぇ、岬くん・・・ もっと、君の胸の内を聞かせてよ。 俺はどんなことだって君のことなら受けとめられる。 だから・・・ 俺のところに帰ってきて。

ともだちにシェアしよう!