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第4話

見つめ合えば伝わるなんて・・・嘘。 手を繋げば分かり合えるなんて・・・嘘だ。 kissだけで十分だなんて・・・嘘に決まってる。 二つの身体がひとつに重なり、溶け合ったとしても 嘘は嘘でしょう? 『この想いがキミに届かぬように・・・』 そう願う祈りも・・・ もしかしたら・・・嘘かも知れない。 どうやって俺の存在を知ったのか? 探偵でも雇って調べたのか? そんな事、どうでもいいけど・・・ 隼人クンの彼女から、あることないこと ぶちまけられた。 いや・・・ 本人は俯いて泣いてただけで 喋ってたのは別の人間だったけど・・・ それでも・・・ 隼人クンが婚約を破棄したってのは事実みたいで それが俺のせいだって罵詈雑言を並べ立てられた。 ・・・痛かった・・・ 失う事の痛みや苦しみ 悔しさ、憎しみ そして・・・ 訪れるのは自分の存在を消してしまいたいと思える程の虚しさと 気が狂いそうな程の孤独・・・ 誰よりも分かってるつもりだった感情を 俺のせいで、彼女に抱えさせてしまっていた。 彼女達の言葉を聞いている内に どうしようもなく自分が最低なクズ野郎に思えて だから・・・ 隼人クンとは離れるしかないって思ったんだ。 だって・・・ 誰からも認めてもらえず、許されない関係より 可愛い彼女と結婚して、家族を作って温かな家庭を築くほうが 誰が考えたって正解だろ? 『・・・付き合ってるわけじゃないよ、身体だけの関係だし・・・  彼を好きなわけじゃない。  それに・・・もう終わりにするから  もう一度、彼と話し合って許せるならよりを戻してよ・・・』 そう、言葉にしたら 隼人クンと過ごした穏やかな時間や 甘い囁きや、安心する温もりが 全部、夢だったような気がした。 大切に積み上げたものが ガラガラと音を立てて 崩れていくような喪失感と 夢から覚めた後の、あの言いようのない空虚感が 胸のなかに広がっていく。 でも、心のどっかで、最初から気づいてた。 上手く行くはずなんてないって・・・ 彼女が居ることは・・・ 出会った時からなんとなく分かってた。 隼人クンは男の俺から見てもカッコイイし 俺なんかと違い名の知れた企業に勤めている。 そんな彼に彼女がいない筈が・・・ない。 でも・・・ 別れたのなら「別れた」って隼人クンの口から言って欲しかった。 分かってるけど、言って欲しいことだってあるんだ。 ちゃんと言葉にして伝えて欲しかった。 もし『別れた』って言われていたら 隼人クンを、心から信じることが出来たかも知れない。 「好きだ」って言う言葉を受け入れて 自分も「好きだ」と伝えたかも知れない。 でも・・・ 彼は俺に彼女との関係を何ひとつ言ってくれなかったから 隼人クンの本命は彼女で 俺はただの遊び相手・・・ そう思わなきゃ、本気で好きになってしまいそうで怖かったんだよ。 悪い癖が出ないように 周りが見えなくならないようにって・・・ 想いに蓋をした。 だから隼人クンが 「好きだ」って言葉を唇から発しそうになると その唇を塞いで言わせなかった。 『言わなくても伝わってるよ』って・・・ 俺が俺にも・・・ 俺が隼人クンにも・・・ 嘘をついたんだ。 彼の前ではいつだって隼人クンから伝わる想いをはぐらかすように ふにゃふにゃと笑ってたけど 本当は受け入れるのが怖いだけの臆病者で 夢も大切な人も失った悲しみを聞いて欲しかった。 夢が叶わなかった現実を受け入れて 納得した振りして生きているけど 胸の奥でくすぶり続けている 誰にもぶつけられない痛みを分かって欲しかった。 本当に俺が好きなら・・・ 言わなくても気付いてくれるだろうって自惚れて 図々しい事を考えて でも、気付いてもらえないから勝手に傷ついて・・・ 言わなきゃ伝わらないのに 言えなくて・・・ 自業自得なんだけど・・・ 言えるわけないだろう? 『彼女と上手くいってるの?』 なんてさ・・・ ・・・身体を重ねながらベッドの中でそんなこと・・・ 聞けるほど、俺は強くない。 もし、その答えが 『順調だよ』 『岬くんには関係ない』 だったら・・・? 想像するだけで、胸が締め付けられるようだった。 あの時・・・ 隼人クンに声をかけたのが そもそも、間違いだったんだよ。 隼人クンの優しさに あの笑顔に 何度も救われて・・・ 幸せな夢をみていた。 そう・・・ ひと時の幸せな夢を見てただけ。 だから・・・ やっぱり夢は夢で。 その夢から覚めただけ・・・ 俺の夢は・・・ 如何したって叶わないんだ。 『岬くん』 隼人クンから俺の名を呼ばれる響きだけで 幸せな、満ち足りた気持ちになれた。 何もかも思い通りになんて 上手くなんて行くはずないって分かってるのに その素敵な響きに、期待してた俺が馬鹿だったって話。 『好き』って言わなくて良かった。 『好き』って言わせなくて良かった。 『好きだった・・・』 メールに書き込み、送信してから 直ぐにアドレスを変え、彼からの着信を拒否にして 彼の連絡先も、履歴もすべて削除した。 もう、俺の中から隼人クンへ繋がるものは 何も無くなったハズだった・・・ 沖縄の知り合いに、ずっと以前から 『空き家を貸して欲しい』と頼んであったから 隼人クンから離れるために 引っ越すことを決めた。 会わなくなれば・・・ 距離も離れてしまえば・・・ 心だって、遠くなって 思い出すこともなくなるだろうと思ったんだ。 本気で好きにならないように・・・って想いに蓋をしても 一年近く、ずっとそばに居て身体を繋いでいたら 好きにならないはずがない。 好きだった・・・ 愛してた・・・ だから・・・近づきすぎて分からなくなって 言えないことばっかり溜まっていって 嫉妬や憎しみで、醜くなる心を知られたくなくて それでもやっぱり・・・ 思い通りにはならないから離れるしかないんだ。 「・・・ホントにそれでいいの?」 引っ越しの手伝いに来てくれた幼なじみの宗太郎に 探るような目をして聞かれた。 宗太郎だけは唯一、隼人クンとの関係も 俺の過去も知ってる友人だ。 「いいんだよ。  俺だって、多分気の迷いだったんだ・・・  女の子のほうが、やっぱり良いじゃん?  やっと目が覚めたよ。  ・・・それに、いま無性に海の絵が描きたいんだ。  色んな表情をした海がね・・・」 「だけど、黙って居なくなるのは・・・」 そこまで言って宗太郎が、グッと言葉を飲み込む。 「ずりぃ・・・って?  自分でも狡いのは分かってるんだよ。  ・・・でも・・・言えねぇよ・・・」 そう言って、言葉を引き継ぎ黙りこんだ俺に宗太郎は 「そっか・・・」って、それだけ小さく呟いて へにゃって優しく微笑んでくれた。 「よし、引っ越し祝いだ!  しけた顔してないで、飯食いに行くよ?  今日は、奢ってやる!」 仕切り直すように、明るくうひゃひゃと笑った彼に 「おまえんとこの餃子が食いたいなぁ。」 と、おどけて甘えたら 「死ぬほど食わせてやる!」 って、肩を組まれた。 この時は・・・ まさか俺を探し出した隼人クンが 宗太郎へたどり着くなんて思ってもみなかったし 彼が簡単に俺の居場所を教えちまうなんて考えもしてなかった。

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