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第5話

分かっていても言葉にしてほしい時がある。 だけど・・・ 言わなくたって分かってほしい時もある。 そんな・・・ どうでもいい感情を・・・ ・・・いや、違うな・・・ 八つ当たりに近い感情だと分かってても ぶつけてしまわないと気が済まない日もあって。 笑ってても悲しい日があった。 全然納得なんて出来ていないのに 分ったような顔をして理解したふりをする日もあった。 そんな・・・ 些細なことも気付いてほしくて。 そんな・・・ 少し想いがすれ違っただけでもぐに傷ついて。 特別な言葉なんていならいんだよ。 聞きなれた声で俺の名前を君が呼んでくれるだけで その声が素敵な響きに変わるんだよ。 分かってんだけど・・・ ・・・分かってる筈なんだけど・・・ 思った通りにうまくいかない。 やっぱり・・・ 言わなくても伝わるなんて嘘だ。 握ったスマホが振動する。 着信を知らせる合図。 俺は慌てて画面に目をやれば、そこには彼ではなく婚約者だった彼女の名前。 無視するわけにもいかず取れば 「私たち・・・やり直せない?  彼と・・・別れたんでしょ?」 そう言った彼女だった女性の声に俺は 「もう・・・君を以前のように愛することは出来ない。  今回の事は全て俺の責任なのに・・  勝手に心移りした、俺が全て悪いのに・・・  ゴメン、彼を責めた君を俺は許すことができない」 抑揚のない声で返し、かかってきた電話をこちらから切った。 もし、彼女が彼を責めていなければ・・・ 時間が経ち、互いの心が落ち着いた時には友人になれたかもしれない。 仕事だけでなく、好みも共通点の多い二人だったから。 けれど・・・ 俺だけでなく、彼まで責めてしまった時点でその可能性はなくなった。 俺の問題を、俺と彼女の問題を・・・ 彼にぶつけてしまった彼女に共感を持つことは出来なかった。 言わなくていいことを、言わなくていい相手にぶつけてしまった彼女を・・・ 怒りの矛先を間違え、それを正当化してしまった彼女を・・・ ・・・俺は・・・ どう考えてみても許せそうにない。 電話を切るとその指で直ぐに 婚約者だった彼女の連絡先をスマホから削除した。 もう二度と、俺から連絡することはないだろうから。 そして・・・ 次の日には上司に電話をし 一身上の都合によりなんて有態の理由を掲げて仕事も辞めた。 もしかしたら・・・ 婚約破棄の話を耳にしたのかもしれない上司の 『春野・・・一度、ゆっくり話をしないか?』その言葉にも 『すみません。もう決めましたので』とだけ返すと 『とりあえず有給を消化する形にして席は置いておく』そう言ってくれたが それにも『お気持ちは嬉しいのですが・・・』と言葉を濁し退職を願い出た。 引継ぎは・・・ こんな俺には勿体無いほどの出来た部下がいるから大丈夫だろう。 こんなこと・・・ 社会人として失格だと思う。 けれど・・・ 部署こそ違うが、同じ職場の彼女を思えばだ。 俺が居なくなることで 彼女は上司や同僚、後輩からも悲劇のヒロインとして優しく接してもらえるだろう。 上手くいけば、彼女を支え、守ろうと言う男が現れるかもしれない。 早く心の傷を癒し、俺なんか忘れて、幸せになって欲しいと願うのは・・・・ 許せないと思いつつも、もう・・・ 何処かで彼女を許しているからかもしれない。 こんな結果になってしまった全責任は俺にある。 彼女のせいではないのだから・・・と。 岬くんに出会う前の俺なら、 転職先もないまま退職なんて有り得なかっただろう。 なぁ、岬くん・・・ 気持ちの赴くまま、自由に生きる君に触れて、 俺の感覚も変わって行ったんだよ? だって、岬くん・・・ 会いたいって思っても君は大抵行方不明で 俺は俺の時間を空けて君からの連絡を待つしかなかったんだから。 スケジュールが詰まらない日常でも平気になるよ。 俺をそんな風に君色に染めておいて、岬くん・・・ 君は何処に雲隠れしてるの? 姿を消してしまった彼を思いながら 今後の生活を考えてみる。 幸い、そこそこの貯金はあるから暫くはなんとかなるだろう。 そう見切った俺は朝っぱらからPCを開け 彼について情報収集を始める。 近頃のネット社会は如何なものか?と考えさせられるが 今の俺にとっては好都合で。 著名人故の性かもしれないが・・・ 岬くんの生年月日、血液型、生まれた場所、卒業校ぐらいなら簡単に入手できた。 後・・・ 知らなくていい情報も。 岬くんは高校を中退しダンサーを目指していたが 夢半ばで交通事故に遭いその夢を断念することになり 精神的に追い込まれ入院。 その時、主治医だった医師に言われた一言がきっかけで 絵画の道に進んだらしいと。 だから・・・ ・・・だったんだね・・・・ 少し足を引き摺るように歩いてたのは。 身体のことだから・・・ 訊ねるのは心が引けて俺は君に訊けなかった。 ねぇ、岬くん・・・ こんな事、話してくれなきゃ・・・ 分かんないだろ? 君が話してくれなきゃ 勝手に君の過去を調べるなんて・・・ そんな下衆で、無粋なこと出来ないよ。 今だって・・・ 君の知られたくないだろう過去を暴いてる自分が酷く情けないんだ。 君からじゃなく、こんなネットから・・・ 君の辛い過去をしるなんてさ・・・ 最低な行為だと思ってる。 でも・・・ 今はこうでもしなけりゃ、君に辿りつけない。 PCの画面に映し出される 温かみもなにもない無機質な文字を目で追いながら俺は考える。 君が話してくれないから・・・ 俺からは訊けないから・・・ そんな都合のいい言い訳で俺は君を傷つけてた? だから・・・ 君は俺に『好きだ』って言わせてくれなかったの? じゃぁ、俺の気持ちだって少しはわかってほしかったよ。 『好きだ』とも言わせてくれないのに 彼女のことなんて話せないだろ? 告白もしてないのに、岬くん・・・ 君に俺の重荷は背負わせれないだろ? だから・・・ だから・・・ 俺は君に彼女のことは話さなかったんだ。 だって、俺は岬くんのことがどんなに好きでも 岬くん・・・ 君の俺への気持ちはわからなかったんだから。 ・・・そこまで考えが行き着いて、はたと気づく。 なんか、言い訳ばっかだな俺・・・って。 ホント情けねぇ自分に苦笑してしまう。 言わせてくれなかったから、言ってくれなかったからって・・・ 逃げてるだけじゃないか。 これじゃ、ただのヘタレなだけじゃないか。 彼女のことだけじゃなく、君のことも・・・ こうなってしまったのは全て俺の責任だ。 なら・・・ 俺は俺の責任を果たす為、君を探す。 君を探して、見つけて・・・ 今度はちゃんと言葉にしよう『好きだ』と。 気持ちが決まれば行動の早い俺。 さっき走り書きした手帳をポケットにしまい、部屋を出た。 先ずは彼の卒業した中学に行ってみよう。 個展を開くほどの岬くんだ。 卒業校なら、何かしらのインタビューを受けてるはず。 上手く行けば・・・ 岬くんの親しかった友人の名前くらいは聞きだせるかもしれない。 俺はそれに一縷の望みをかけて逸る気持ちを落ち着かせ、車を走らせた。 一時間ぐらい走っただろうか・・・ 都心から少し離れた緑の多い、岬くんが生まれ育った場所に着くと そこは何故か優しい香りがして。 岬くんが俺の話を聞きながら隣で笑うフワリとした笑みを思い出す。 優しい・・・ 全てを包み込むような笑顔。 俺は・・・ その笑顔に甘えてたのかもしれない。 15分ほど車を走らせた頃、お目当ての中学校についたが 関係者でもないのに流石に構内に車を駐車するのは憚れて。 俺は正門近くの道端に車を置き コンクリートで作られた塀越しに顔を見せる校舎をみながら歩く。 まだ夏休みだからか、部活に勤しむ学生の声が聞こえてくる。 その声を聞きながら正門前で何て話を切り出せば 不信感を抱かれずに彼の話を聞けるだろう?と悩む。 ここでミスれば岬くんへの道が閉ざされてしまう。 慎重にいかなくては・・・ そう思って立ち尽くしていると、昼飯の出前だろうか? けんどん式の岡持ちを持った青年が俺を訝しげにみていた。 そして「もしかして、隼人・・・くん?」青年から発せられた言葉に驚く俺。 この町に来たのも初めてだ。 この町に住んでいる知り合いや親戚も俺にはいない。 ましてや俺を隼人くん?と呼ぶ青年を見るのも、会うのも初めてだ。 何故、俺の名前を知ってる? その謎は矢継ぎ早に話す青年の言葉ですぐに解けた。 「もしかして、岬を探しにきたの?  俺、宗太郎・・・城川 宗太郎。  この近くで中華店を親父がやってて。  岬とは幼馴染なんだ。  岬から隼人くん・・・ってゴメン、初対面なのに気軽に呼んじゃって。  あなたのこと、相談にのって・・・  そん時、あなたの写真見せてもらったんだ。  これだけは削除できねぇんだって・・・  岬が・・・言ってた。  なぁ、岬を支えてあげてよ。  岬が自分から好きな人がいるなんて言ったのあなたが初めてなんだ。  だから・・・だから・・・・」 そう言いながら目を赤くする目の前の青年。 「岬に叱られるかもんしんない。  絶交されるかもしんないけど・・・  岬を迎えに行ってやってよ。  岬、あなたのこと・・・  忘れるしかないんだなんて言ってたけどさ・・・  岬はあなたのこと、待ってると思うんだ。  じゃなきゃ、あの口の重い岬が俺に相談なんかしない。  こんな大切なこと話したりしないから・・・」 岬くんの心のうちを知って言葉を詰まらせてる俺に 城川と名乗った青年は出前の伝票の裏に 住所と新しい岬くんのスマホの番号を書き俺にそれを握らせた。 「岬のこと、頼んだよ。  俺にとっても大切な友達なんだ。  だから、岬を泣かせないで。  岬には、もう泣いて欲しくないんだ」 ストレートに自分の想いを話す彼が少し、羨ましくなった。 俺もこんな風に岬くんに想いを伝えられていたなら・・・ 『隼人クン・・・』 俺の名を呼ぶ岬くんの声を思い出す。 聞き慣れた自分の名前なのに・・・ 岬くんが呼んでくれるだけで特別な名前に思えて。 岬くんの少し舌ったらずな・・・   『隼人クン・・・』 岬くんの少し高めのトーンの・・・ 『隼人クン・・・』 そう岬くんが呼んでくれるだけで素敵な響きになる俺の名前。 もう一度・・・ その声を聞きたい。 もう一度・・・ 岬くん、俺の名前を呼んでくれる? もう一度・・・ 俺は君の声を聞きたいよ。 そしてもう一度・・・ 岬くん、俺にも君の名を呼ばせて。 もう・・・ 何も言わなくても伝わるよね、なんて・・・ 俺は逃げないから。 岬くん、君の気持ちも俺に聞かせて。 俺はバックミラーに映る左右に大きく手を振る青年に背中を押され 車のアクセルを踏み込んだ。

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