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家に帰りたくなくて、何となく足が向いた夜の繁華街。自分と変わらない年齢に見える少年少女が沢山いることに|志月《しづき》は驚く。
着崩した制服、ネオン色の髪、女の子たちの派手な化粧。
喧騒。
目を向けた路地、奥の方から怒号が響く。ガラスの割れる音と共に「ぎゃああ!」という喉の奥から引きずり出したような叫び声が聞こえた。と同時に、血みどろになった男が二人飛び出して来る。ぶつかりそうになって志月は身を竦めた。
足をもつれさせながら去る二人を、大通りを行き交う人が何事かと見遣る。
志月は路地にまだ人が残っていることに気付いた。恐る恐る覗き込むと、壁に手を着きながら長身のシルエットが立ち上がった。だがそれは直ぐに傾いだ。志月は思わず彼に駆け寄る。そして直ぐに後悔した。
返り血なのか、彼自身の怪我のせいなのか、頭まで被ったパーカーの、フードの隙間から見える顔やその服にも、赤黒い飛沫が散っている。
少年は赤く光る目で志月を見上げた。夜目にも体躯のいいその少年は、しかし今まで殴り合っていた荒い息のせいで、肩を上下させたまま声が出せない。もしかしたら口の中を切っているのかもしれない。口端からも血が滲んでいる。
反射的に来てしまったものの、恐怖と混乱でどうすることもできず、ただ志月はハンカチを差し出した。
「怪我…が…」
震える声で志月が声をかける。
少年が驚いたように一瞬目を開く。
綺麗な白いシャツ、アイロンのかかった水色のハンカチ。自分とは真反対の、そもそもこの街に居ることが似合わない人間が、目の前で震えながら手を差し出していることが不思議で仕方ないという顔だ。
志月は戸惑ったように自分の顔を見上げる少年の目を見た。怖さは消えないが、なぜか惹かれる漆黒の瞳。
彼はきっとこの街で生きている人間だ。
こんな風になりたくない。
(こんな風に生きてみたい)
遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。志月はビクリと体を震わせ振り返ると、ハンカチを少年の頬に押し当ててその場を後にした。
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