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第1話 終わってたなどと言われても side優太

 -side優太-  窓の外は春の暖かな日差しが降り注いでいた。  穏やかな平日の午後。  ピアノ曲のBGMと、ドアの開閉と共にカランカランと小気味よい音を鳴らすカウベル。 「──2人暮しをしようかと」  喫茶店のカウンター席に座る俺、川井 優太は恋人が言い放った言葉に心が弾んだ。  トランポリンのように、それはもうポンポンと。  恋人の名は(あずま)さん。  5歳上の26歳、年上のオトコだ。 「いいね! 何処で暮らす?」 「まだ決めてないけど、緑が豊かで、治安のいいところに」 「うん、それ重要だよね、治安! 静かな所が一番! あ、じゃああそこは? いつか住んでみたいなって言ってた場所あったじゃん。駅前も再開発されてて綺麗だし、高そうだけど家賃も折半だったらなんとかなるんじゃ……」 「優太」  浮かれているオレを硬い声がピシャリと遮った。  東さんはなぜか、半笑いしている。 「お前じゃないんだよ、一緒に住むの」 「え?」 「と暮らそうと思ってる」 「は?」  どういうこと?  彼女って、姉妹とかって意味?   あ、この人、男三人兄弟だった。   「彼女?」 「そう。2ヶ月前から、付き合い出した」 「ンン? 付き合い出したって、男女の関係って意味? 2ヶ月前から? え、友達とかじゃなくて付き合ってるの?」 「だからそうだっつってんだろ」 『普通分かんだろ』みたいな顔をして面倒そうに前髪をかきあげられたので、ビクッとしてしまう。  だってそんなことを急に言われても理解が追いつかない。もっと詳しく分かりやすく説明してほしい。 「ハハハ……えっとー……それってつまり、浮気してたってこと? オレたち付き合ってたよねー?」  本当は怒りたい気持ちを閉じ込め、あえてスムーズに嘘の笑みを浮かべる。  感情を素直に出さぬ自分に今さら驚いたりはしない。  東さんも同じように笑って小声で返してきた。   「もう、俺の中では優太とは2ヶ月前に終わってたんだよね」  あまりの衝撃に、ぶっ倒れるかと思いました。  以下、彼の言い訳。  彼女は職場の後輩で、去年の暮れあたりから叔母、父と、立て続けに体調を崩して入院してしまい、彼女自身も落ち込んでいた。  相談に乗るうちに、自分が守ってあげなくちゃと使命感に駆られた。  だから自分ができる限りのサポートをしてあげたいんだよねーっ。  フリーズしている間に、そんなことをつらつらと述べられていた。  そんな理由よりも『終わってた』という言葉に、俺はショックを受けていた。  今から2ヶ月前に何かしてしまったのだろうかと、深く考え込まなくても思い当たる節がすぐに見つかって恥ずかしくなる。  ──それ、何の冗談だよ。やめてくれよ。  ベッドに寝転がる俺を嘲笑した東さん。  あれか! あれが原因なのか!   「あの、ひとつ、聞きたいんだけど」  あぁぁ出来ることなら消し去りたい!   あの恥ずかしい過去!  まさかこんなことになるだなんて。  とにかくこれだけは答えてほしいので、思い切って訊いてみる。 「俺との関係にケジメ付けないうちに彼女作るって、俺に悪いなとかちょっとでも思わなかった?」 「えっ? あ、うん、思ったよ。申し訳ないなぁ~って」  いや嘘だろ。えって何だえって。  最後の最後まで、東さんは気遣いができない。  その顔がどこかスッキリとした表情なのは、心が既に自分ではなく、彼女の元に向いている為だろう。  そう考えると腹が立つ気がしたし、言いたいことも山ほどあったが口から何も出てこない。  東さんは、困ったように笑いながら俺の脇腹を叩いてくる。   「でもまぁ、これを機に優太も、今度は女と付き合ってみたら? 男と付き合ってても将来が見えないんだから」  ──次の瞬間、俺の顔に飛沫が飛んできたので反射的に目を瞑った。  目を開けた俺はその光景に驚いた。  東さんの頭に、バニラアイスがのっている。  薄らと色づいた液体が顔や服を濡らし、雫がぽたぽたと滴っていた。  振り返ると、スーツを着た男性が俺たちの背後に立っていた。金に近い茶色の前髪を後ろへ流しているので表情が良く見えた。キリッとした鋭い瞳を、まっすぐに東さんに向けている。  手には、中身が空っぽのパフェグラス。  それを見てようやく理解した。  その中身を、ぶっ掛けてしまったのか……!

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