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素敵な休日
感動のラストは涙無しには見られない。それは卑屈でクズな男も例外ではなかった。
「ちょっと涙出たわ」
テーブルに積み上げられた、今どき珍しいレンタルDVD。濡れた髪を放置してテレビに釘付けだった陽向に雨音は苦笑いを零す。
「なんか自分の出ているドラマを陽向さんと一緒に見るのは恥ずかしいですね」
恋人との休日はどこか遠くに、というのも難しい。何せ彼は画面の向こうに映る芸能人だからだ。だから都合の合う日は互いの家に行き来している。今日は雨音の部屋でのんびりドラマ鑑賞だ。
「俺は裏話とか聞けてラッキーだけど。美人のヒロインと飯行ったりした?」
「…行かないですよ。好みじゃないし」
「お前のタイプってどんな子?」
「…そういうの聞かないでくださいよ」
雨音はその間一切陽向に触れるようなことはしない。…きっと過去の自分の発言を悔いているのだ。だが早くも恋人同士になって一ヶ月が過ぎようとしている。こうして二人でドラマや映画を見ることも勿論嫌いじゃないが、そろそろそれらしい事をしてもいい頃ではないだろうか。
拳一つ分の距離を縮める事はそう難しくはないはずだ。
(今日こそは…)
陽向はその長い指にそっと触れた。雨音は愛らしい顔を少し驚かせ、視線を泳がせるのだ。そしてゆっくり陽向の表情を覗き込む。
「えーっと…陽向さん。誘ってる?」
「まぁ、お前からじゃ気を使うだろうから。」
両手がビリビリ痺れている。それは緊張からだったが、何事もないような顔をして欲に攫われそうなその男の頬を撫でた。整った綺麗な顔は陽向のものだ。そして恐る恐る背中に回された腕も、優しく触れるだけの口付けを落とす唇も。
「ほんとに…いいの?あなたに嫌われたくないよ…」
と眉を下げて怖がる可愛らしい男の全てが陽向のものなのだ。
「なんのために風呂入ったんだよ。それに…これを逃すと次がいつになるか分かんねーぞ。」
「それはやだ!」
その馬鹿力でぎゅっと抱き締められれば骨がギシギシ言いそうだ。直ぐに痛がる陽向を見て力が抜ける。
「それはそうと…お前は経験があるのか?」
「流石にありますよ〜!俺童貞に見えます?」
「いや、女はあるだろうけど男の話な」
「…男の人は無いですよ。色々勉強しましたけど」
「あなたはあるんですよね…。」と少し表情を曇らせる雨音の頭を乱暴に撫でた。変えられない過去はどうしようもない、そして嘘をつく必要は雨音には無いのだ。
「まぁね。お前は最後の男って事でいいだろ。」
「……うん。」
それなら、と陽向はゆっくり立ち上がって寝室へさっさと歩いていく。
広いベッドに身を投げ出し、ゆっくりと沈んでいく体は雨音の匂いに包まれていくのだ。覆い被さった雨音は陽向の首筋をなぞり、シャツの下へその手を滑り込ませる。
「…っ、くすぐったいんだけど」
陽向の言葉を飲み込むように雨音は唇を重ねた。その舌は味わうように口内を掻き乱し、体の奥がズキズキと疼き始める。それは暴力的なものでは無い。甘く優しい愛に溢れた快感だ。
離れた唇がどうにも名残惜しい。その瞳の奥にギラギラとした欲望が滲んでいるのに、雨音は特に慎重だ。陽向のシャツを丁寧に脱がせた後自らの服も脱ぎ捨てる。
「…なんか緊張するな」
「さっきまで余裕ぶってたじゃないですか。今更止めろなんて無理ですよ…流石に」
引き締まった体が間接照明にライトアップされて、その盛り上がりと窪みはもはや芸術だ。まじまじと見ていれば、今にもはち切れそうなそれも目に入る。
「誰も止めるなんて言ってないだろ。ただ…その丁寧にされ慣れてないというか」
自身の性癖も関係していたが、ちゃんと正式な恋人との心のある行為は初めてだった。だからどういう立ち回りをしていいのか分からない。
「……陽向さんをドMに開発した誰かに本気でムカつく……」
雨音は膨れっ面のまま二つの突起を指できゅっと摘んだ。痛みがそこから腹に流れ、腰が浮き上がった。少し乱暴に擦られ尖った先は赤く腫れ上がる。
「…あッ!い、痛てぇよ」
「嘘つき。腰が浮いてますよ。」
「…だ、だってしょうがないだろ」
浮いた腰を押さえつけるように覆いかぶさり、身動きが制限され、陽向はされるがままだ。まさぐられる体は何度も跳ねてだらしない口からは掠れた声が漏れる。
「ぅ、あっ…雨音、」
「触って欲しい?」
雨音は陽向のズボンと下着を一気に引き下ろして意地の悪い微笑みを浮かべた。
「相変わらずですね。」
そう言った男は陽向の腹につきそうなそれを指で弾いて先端から滴った浅ましい汁を掬って遊ぶ。尻の割れ目にまでそれは濡らし、雨音を誘うように痙攣するのだ。
荒い息はどちらのものかも分からないが、彼はこの日の為に準備していたであろうローションを自身の手に塗り広げる。そして割れ目に触れて、その長い指をゆっくりと中に挿入する。
「あッ、…うッ」
「…あれ?柔らかいな。」
膿んだ体が一番必要としていた所に欲しい快楽がやって来る。優しく解そうと雨音は探っているが、陽向の体は既に出来上がっているのだ。
「風呂の時、準備したから…もう入れてもいいよ」
その言葉に理性が負けたのか雨音の目が獣に変わる。ゆっくり指を引き抜いて「じゃあ脱がせてください」と自身の下着に陽向の手を持ってこさせる。陽向は素直にそれに従う事とした。
「うぉ…、…なんか敗北感」
陽向も負けてはいないはずだ。自分のものと雨音のものを見比べる。
「全く、何言ってんですか。」
雨音は慣れた様子でコンドームを装着して少し緊張しているのか大きく深呼吸した。
「入れますね。…痛かったら言ってください」
その先端がゆっくりと陽向の腹の中をかき分ける。陽向は浅い呼吸を繰り返してそれを受け入れるのだ。無理やり押し開かれるような感覚に背中が快楽で反る。
「ぅッ…ぁ」
「…痛い?」
雨音は陽向の乱れた髪を撫でて、心配そうにこちらを見つめた。それにとても愛情を感じ、今まで金だけで埋まっていた心が雨音で満たされる。
「大丈夫、だから…。入れろよ」
陽向の言葉に煽られた男は、体重をぐっとかけて奥の奥まで侵入した。呻くような吐息を吐いて、雨音はじっくりその結合部を眺める。そして手のひらで陽向の腹を撫でるのだ。
「…あなたの中、気持ちいいです。やっと、…やっと俺のものになってくれた」
しばらく雨音はそう言って嬉しそうに馴染むまで待った。グズグズに煮えたぎった中は何度も更なる刺激を求めて纏わりつく。
「あま、おと、…イッちゃうかもしんねぇーから、早く動いて」
甘えるような声は正気なら吐きそうになるだろう。だが今は馬鹿になっているのでそんなことどうでもいい。雨音はそれに答えるように動き始めた。
「ぁッ…い、…い雨音、もっと」
「陽向さん、好き、好きです」
尻の肉が波打ち、しわくちゃになったベッドのシーツに腹の上で揺れるそれの涎が飛び散る。
情けない嬌声を飲み込むように口を塞がれては、捌け口を求めて体が震え出した。雨音も余裕がないのだろう、遠慮など無くなって力強く打ち付けるのだ。
目の前が真っ白になって、腹の奥から凄まじい快楽が身体中に爆ぜる。
「…あッ…!ぃ、イく…ッ!」
奥に走った電流は脳天から足のつま先まで引き攣らせ、中の感覚が研ぎ澄まされるのだ。雨音も陽向に釣られるように奥で果てる。ポタリ落ちた汗が、汚れた腹の上に溜まったそれと混じり合った。
荒い呼吸をどうにか落ち着かせ、雨音はゆっくり引き抜く。空洞がこんなにも寂しいものなのだと初めて感じた。満たされているのにまだまだ足りない、…今まで事後このような感情を持ったことなどなかった。
「陽向さん、大丈夫ですか?」
「おう、…まだ息が整ってねぇけど」
雨音はそそくさと片付けを始める。律儀にウエットティッシュで陽向の腹の上を優しく拭いて、嬉しそうに「お水持ってきますね!」としっぽを振って出ていった。
(まさか俺が金以外で幸せを感じるとは…)
軋む上体をどうにか起こした所で水を持ってきた男が甲斐甲斐しくやって来る。それを受け取って喉に流し、ゆっくり立ち上がろうとした。勿論酷使した腰はガクガクと悲鳴をあげて力が入らない。陽向はすぐに歩くことを断念する。
「立てねぇ…。おい、雨音風呂場まで連れてって」
「はいはい。今のうちに介護の練習ですね」
雨音は陽向に肩を貸し、可愛い笑顔を向ける。
「はあ?そこまで歳離れてねーじゃん。たった一回りくらいだろ?」
「そうですけど、確実にあなたの方が先におじいちゃんになるでしょ?」
「全く、そんときゃお前に下の世話してもらわなきゃなんねーな」
「えへへ、任せて!俺まだ若いんで色々介護の勉強しますよ」
陽向が介護が必要になる時まで、雨音が傍にいてくれるのか。それは不安でもあり安心でもある。まだ見えない将来に確実など存在しない。だからこそ陽向は金以上に魅力的な存在を見つけ、こうして幸せに笑っているのだ。
金もいいけどこいつといると楽しい、それが今の全てである。
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