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第1話
うわ、やばい。また寝坊した。
確実に間に合わないな、これは。
すぐに支度に取り掛かり、極力急いで準備したけど、講義開始時間から20分ほど過ぎて教室に着く。
良かった。
後ろの入口のそばの席、空いてる。
遅刻してきた時はこの辺りが1番座りやすい。
「すみません。隣、いいですか?(小声)」
隣に座っている人が軽く頷いたのを見て、そこに座る。
「では先程の説明の通りに隣の人、居なければ近くの人とペアワークを行って下さい。」
着いて早々そう言われるが、今着いた俺が説明など聞けているわけもない。
「すみません、俺なんもわかんなくて。
教えて貰ってもいいですか?」
話したことのない人だったけど、隣の人に話しかけてみる。
けどすぐに反応はなく、さらに無表情。
怒ってる……?それとも呆れてるのかな?
顔が整っているせいで、無表情でいることの怖さが増している。
「今説明してたのは──」
どう説明するか考えていたのか、少しの間があって、その無表情のままではあったが、彼は優しく丁寧に説明してくれた。
名前は首藤 さんというらしい。
首藤さんの説明のおかげでペアワークは問題なく進んだ。
むしろ、彼の学びに積極的な姿勢のおかげで、いつもより有意義な時間でさえあった。
仲良くなってみたいな。
ペアワーク、今まで誰とやった時よりも楽しかったし。
そう思って俺は講義が終わってすぐ、隣で荷物を片している彼に話しかけた。
「さっきはありがとうございました。
俺遅れて何もわからなかったから、助かりました。」
「いえ。」
「首藤さんすごく優しいし、説明上手ですよね。」
「どうも。
じゃ、次あるんで。」
それだけ言って早々に教室を出ていった彼を見送る。
さっきのペアワークとは打って変わって、なかなか淡白な対応だ。
忙しい人なのかな。
俺がゆっくりと鞄に荷物を詰めていると、よく隣で講義を受けている桐谷 に声をかけられた。
「天宮お前、また遅れてきたな。」
「うっかり寝坊しちゃって。」
「ほんと朝弱いよな〜。
毎期1限の講義の単位、落としそうになってるし。」
「でも今日は遅刻で済んだからセーフ。
それより桐谷、俺の隣に座ってた人、首藤さんっていうらしいんだけど知ってる?」
「首藤廉さんのこと?
イケメンでちょっと前髪長めの、黒髪の。」
「名字しか聞いてないけど、多分そう。
顔整ってたし、髪も少し長めだった。」
「それなら4年生で、昨年出場してもないのにミスターコンで優勝したことで有名だよ。
けどそれだけイケメンでも、周りへの対応が塩対応すぎて、誰かと仲良くしてるとかはないらしい。
まっ、俺は話したことすらないけど。」
「そうなんだ。」
「なんで?普段ちょっと話した人とか別に気にしないじゃん、天宮 。
なんか嫌なことでも言われた?」
「首藤さんと話すの楽しかったからまた話してみたいなと思って。
塩対応どころか、終始すごく優しかったけどな。」
「まじ?」
「うん。なんでそんなふうに言われてるんだろうね。」
「さぁ?イケメンだから妬まれてるとか?」
「でもちゃんと話してみたらそんな事ないってわかると思うけどな。」
「話したことある天宮がそういうなら、そうなんだろうな。
まあたまたま機嫌良かったって可能性もあるけど。」
「そうだね。」
「あの…天宮くん。」
桐谷と話していると、不意に背後から名前を呼ばれた。
度々あることだから、この声の主にも検討がつく。
「あぁ、橘さん。どうしたの?」
「今日お昼から空いてないかな?」
「あー、ごめんね。バイトあって。」
「バイトしてるんだ。どんなバイト?」
「家庭教師。」
「すごい!天宮くん頭良さそうだもんね。」
「そんな事ないけどね。」
「家庭教師って平日の昼間もあるの、知らなかったな。大変だね。」
「大変だけど生徒さんみんないい子達ばかりだし、楽しいよ。」
橘さんとは仲がいいというわけでもないけど、以前一緒のグループで課題を行ったときから、度々話しかけてくるようになった。
それが嫌という訳では無いが、わかりやすい好意には困っている。
それに応えられるわけでもないから。
俺は恋愛事には興味ないし、誰かを好きになったこともない。
彼女が居たことはあるけど、何をしても心が特別動くことはなくて、そのうち愛想を尽かされるばかりだった。
「天宮そろそろ移動しよう。」
俺が困っているのに気づいたのか、桐谷が助け舟を出してくれる。
「そうしよっか。
じゃあ橘さん、また。」
「あ、うん。」
廊下に出て教室から離れたのを確認した後、桐谷にお礼を告げた。
「ありがとう、桐谷。」
「どういたしまして。
やっぱり困ってた?」
「うん。最近橘さんからのアプローチ凄くて……。」
「そんな感じはしてた。
天宮顔良いし、そういうのからは逃れられない運命だよな。」
「“好き”ってなんなんだろう……。
顔が好み、とかは理解できなくもないけど、イコール好きにもならなくない?」
「天宮優しいから、そこに惚れる女子も多いんじゃない?」
「……優しくした覚えないけど。」
「だろうな。
まっ、そのうちわかるんじゃね?
それにたとえ“好き”が一生わからなくても、他に人生楽しいこといっぱいあるし、別にそこにこだわる必要も無いと思うし。」
「ありがとう。
絶対に俺より桐谷の方が優しいと思う。」
「そりゃどうも。」
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