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決意

キイチが帰ってきた。 クジャクは目を見張る。 キイチはまるで別人だった。 小柄な身体からは意志がみなぎる。 いや、それは前からだが、クジャクが初めて見たあの時のようだった。 キイチには膨大無限な選択肢の中から自分が望むものだけを見つけ出せる、鮮やかさが見えた。 なんて美しい。 これこそ、クジャクの【宝石】の輝きだ。 クジャクはドアを開けて入ってくるキイチを抱きしめたかった。 キイチはなんて美しい。 でも怒らせるから抱きしめない。 いまは、まだ。 クジャクはあの日、トラックの前に飛び出すキイチを見たのだった。 瞬間の迷いもなかった。 見知らぬ、しかも不快な酔っぱらいのためにキイチは飛び出していた。 キイチは、男を助け、自分も助かるつもりだった。 ただ、思ったように上手く行かなかった。 酔った男が怯えてキイチを掴んだからだ。 だが、それさえなければキイチは男も自分も助けていただろう。 だが。 クジャクが見たのはその最悪な瞬間に、キイチはもう1つ決断してみせた。 男だけを突き飛ばしたのだ。 もう、キイチと男の両方が助かる可能性はなかった。 バランスを崩したキイチだけが助かる可能性ももうなかった。 キイチは最善を選択した。 男だけを救うことに迷わず決めたのだ。 クジャクはタイヤに挟まれ潰れるキイチの肉体を見ながら決心したのだ。 この人間を【宝石】にする、と。 こんな美しい人間はいなかった。 選択が美しい。 この人間には選びとれる能力がある。 それこそが。 意志。 それこそがクジャクを勝利に導く宝石。 腹が裂け、腸が飛び出したキイチを抱えてクジャクはその場から去ったのだ。 クジャクが貼った結界のために人間達には血や内臓の一部は残っていても、立ち去るクジャクもキイチも見えない。 死体が無いから何が起こったのか分かるまい。 人間が目の前で轢かれたことさえ、違う記憶に書き換えるだろう。 何か動物でも轢いたのだろうと。 人間の記憶は目の前の事実によって捏造される。 そうしてクジャクはキイチを手に入れた。 そして今。 帰ってきたキイチはクジャクが思う通りの宝石だった。 「クジャク・・・」 キイチは唸るように言った。 この目。 普段はネコのようだが、実際のところ、猫は猫でも、凶暴極まりないヤマネコなのだ。 なんて美しい。 「このクソゲーに乗ってやるよ。一年だ、一年でこのクソゲー終わらせるぞ!!」 キイチの言葉は予想以上だった。 ああ、こうでないと。 クジャクの胸は踊った。 予想通りどころか、予想を超えてくるなんて。 素敵すぎる。 「良いね、キイチ」 クジャクは微笑んだ。 予定と違うというのは。 素敵なことだ、 そう思いながら。

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