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帰宅 4

「お父さん・・・」 キイチはすっかり小さくなってしまった父親の手を握った。 父親は涙を流した。 キイチは父親が泣くところなど見たことがなかった。 もちろんこんなに小さくなってしまった父親を見たこともなかったわけだが。 待ってくれていたのだ。 キイチが帰ってくるのを。 40年も。 「お父さん、オレ・・オレ・・・」 何も説明ができない。 した所で意味がない。 キイチがここから去って2時間もすれば家族はキイチのことを忘れてしまうだろう。 無機物しかキイチを記憶出来なくなっているのだから。 キイチのことをこの世界で覚えておけるのは、クジャクと敵達だけなのだ。 キイチは、ほぼ不死身になったけれど、それと同時に全ての人間関係を失った。 そう、今のキイチにある人間関係と呼べるモノはあの癪に触るクジャクとだけにあるものなのだ。 しかも、これから敵に殺されるまでそれは続く。 でも。 この後キイチが去って記憶は失っても、何か。 何か伝わるんじゃないか。 何か。 残せるんじゃないか? キイチは父親の手を握った。 細く小さくなってしまった手は力無く、少し冷たく。 でも握りしめてくる確かな力を感じた 『どうした?』 父親の目が聞いてくる。 子供残ろ、落ち込んで膝を抱えて拗ねているといつもそう聞いてくれたように。 そのときは声だったが、目も声と変わらない位、父親の心を表していた。 「帰れなくなったのはオレが死んで化け物になったから。こうやって帰ってきたけど、もうしばらくすると父さんもみゆこもオレのことを忘れてしまう」 正直に言った。 父親は納得した。 背後に立つ妹も。 まあ、40年前と同じ姿で帰ってきたからその方が納得できるだろう。 『どうするんだおまえは?大丈夫なのか?』 父親の目はさらに問う。 その目には苦痛があった。 もう、息子に何もしてやれないことを苦しんでいるのだとキイチは知る。 寝たきりになった父親は、そのことよりも、息子を助けることが出来ないことを苦しんでいた。 ━━大丈夫だキイチ、お父さんがついてる━━ 父親と行った山で、吊り橋を怖くて渡れないキイチに父親は言った。 そう、その時だって吊り橋を渡らなければならないのはキイチだった。 その脚で歩いて渡らなければならないのはキイチだった。 でも、父親の言葉がキイチに力をくれたのだ。 今は父親の目にキイチはすがる。 寝たきりの父親にキイチは縋る。 どうすればいいのか分からないから。 「ごめん。お父さん、オレ帰って来れないんだ。まだ。オレ・・・どうすればいいのか分からないんだ」 化け物達のゲームに巻き込まれた。 キイチはこれから自分を殺しにくるモノをどうすればいいのか分からなかった。 あの真っ白な少年はキイチを殺しにやってくる。 キイチはどうすればいいのだ? 殺すしか止まらないならどうすれば? キイチは苦しむ。 キイチは死んだことはある、だが殺したことはない。 それが人で無くても命を奪うことに抵抗があった。 生き残るためだとしても、だ。 クジャクに言わせると人間は散々生きものを殺して食べているのに?ということになるが。 そんな簡単じゃない。 そう、簡単じゃないことが大事なんだ、とキイチはしっているから。 キイチが死んだのは目の前で人が死にかけていたからだ。 酔っ払っいが車の前に飛び出していた。 思わず飛び出し、突き飛ばし、自分も飛びのこうとしたが間に合わなかった。 それは自分のミスだ。 だから納得した。 納得して死んだ。 でも。 その人が轢かれなくて良かった、と思いながら死んでいけたのだ。 生命にはそれくらいの価値はある、と信じていたから死んだのに、そう簡単に、今度は殺されるから殺せ、なんて思えない。 しかも。 それはゲームなのだ。 キイチの知らないところで始まったゲームなのだ。 あの白い少年はキイチと同じだ。 自分からこのゲームに加わったわけじゃない。 無機物共は。 キイチや少年を駒にして、殺し合いをさせようとしているのだ。 そんなのに乗っていいのか? でも死にたくはない。 一度死んだ時だって、死にたくて死んだわけじゃないのだ。 「お父さん・・・オレ、どうすれば?」 キイチはそれだけを聞く。 これら全て説明するのは難しい。 だから苦しみだけを訴えた。 説明もせず。 キイチは父親に聞きたかったのだ。 助けて欲しかった。 身動きもとれない父親が頼りだった。 「ごめん、お父さん。心配してくれてたのに、さらに心配しちゃうよね」 キイチは泣いた。 父親は静かにキイチを見つめた。 その目は何も変わらなかった。 逞しく強かった頃の父親と。 ━━ただの石なんて無いんだキイチ━━ そう言ってくれた時の父親がそこにいた。 「納得・・・納得・・・でき、ること」 父親は言葉につかえながら話す。 キイチが何かに苦しんでいることは父親は理解したのだ。 妹がとても驚いているから、父親は長く話せなかったのだろう。 「しろ」 父親は疲れきったように口を閉じ、目を閉じた。 キイチの手を握る手もさらに力がらなくなる。 『納得出来ることをしろ』 父親はそう言ったのだ。 キイチは頷く。 そうだ、そうだ。 そうでないと。 生きるも死ぬも納得出来ないと。 そして一つの可能性に気付く。 そうか。 そう言うことか。 「お父さん。もう少し待っててくれる?」 キイチは言った。 父親はうっすらと目を開けた。 「どうした?」というかのように。 「オレ、絶対に、本当に帰ってくるから」 キイチは言った。 キイチは今。 決めたのだった。 「無理やり参加させられたゲームを終わらせて、お父さんとみゆこのところに、オレ、ちゃんと帰ってくるから。人間として」 キイチは言った。 クジャクはキイチに言った。 ファイナルステージまで行き、生き残ったモノの望みはなんでも叶うのだと。 じゃあ、このクソゲーが二度と始まらないことと、キイチを人間に戻すこと。 これらも叶えられるはずだ。 キイチの望みは決まった。 「お父さん・・・みゆこ、もう少しだけ待っててくれ」 父親の手を握り、妹を振り返りながらキイチは言った。 父親が死ぬ前に。 本当に家に帰らなければならない。 「お兄ちゃん・・・?」 妹はわけが分からないと言った顔だ。 父親はうっすら目を開けて頷く。 待っててくれる、 きっと記憶は消えても。 待っててくれる。 キイチは決めた。 決めたのだった。 「みゆこ、お兄ちゃんは勝つからな」 キイチは幼い頃、大会で優勝した時に、妹に宣言したように言った。 キイチは。 勝つ。 勝つしかない。

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