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第1話

友達になるきっかけって、どんなものだろう。 自分から友達になるには、どうやって声をかける? 俺の名前は仲 凛太郎。二十歳。 子供の頃から気がつけば女の子に囲まれていた俺にとって、同性の友達は縁遠いものだった。 それは大学生になった今もさして変わらない。ただ、アルバイト先では仕事だからと話してくれる相手はいて、そのお陰で友達という雰囲気は味わえるようになった。 そして、バイト先である書店の社員に、同性なのにやたらと可愛い人を見つけてしまった。 パッと見ただけで「あぁ、可愛い感じ」とは違う。初対面で「なんだこの人」と思わせるひと。 それが、元宮汐月さん。二十九歳。 年齢も詐欺だとしか思えないほど若く見える。その上で、可愛い。そして、妙に色気を感じる人だった。 気になって仕方なかったその人を、初めて訪れたゲイが集まるというバーで見つけたその時から、彼を抱きたくて仕方なくて。 酔い潰して強引に一度だけ関係をもてたんだけど、元宮さんは最初から俺に欠片も興味がなかった。 一夜の遊びとして片付けられてしまい、その上本気の告白も慣れた感じであしらわれて。 俺からモーションをかけて靡かないなんて、滅多にない事だし、悔しかった。そして、悲しかった。いつも笑顔で遠慮なく俺を叱ってくれる元宮さんの事が、本当に好きだったんだ。 けれど、そんな元宮さんにほぼ同時期にフラれた男がもう一人居た。 有坂玲。二十二歳。 彼は元宮さんの恋人の後輩だ。 元宮さんの恋人である黒澤丈晃っておっさんが、これまた顎髭なんか生やしちゃってる小汚い親父なんだけど。後輩の玲さんが好きになった相手が自分の初恋の相手だったとかで。まぁ、その辺りの話を詳しく知りたい人は、「理想じゃないけど、愛してる!」を読んでね。 何が言いたいかと言うと、そう!俺は、玲さんとは同じ人にフラれたきっかけで友達になったんだ。 初めて自宅に招くようになった、初めての友達。 女の子の友達はみんな本命とくっつくと俺から離れていくけど、男友達なら安心してずっと一緒に遊べる。 やっと俺にも、友達と過ごす楽しい時間。というものがわかってきた。 失恋は辛かったけれど、得るものはあった。 今では、元宮さんに感謝してるんだ。 「いやいや、ちょっと待ちなはれや。俺の事が入ってへんやんか。今の話」 今夜も凛太郎の自宅で酔っているのは、元宮汐月の元カレである渡 結生、二十九歳。 彼は過去に手酷いやり方で、元宮さんから離れていった男だ。 「だって、渡さんはちょっと違うじゃん」 かなり酔っているらしく、彼が持つワイングラスはぐらぐらと揺れている。 「違うて、何が」 「婚約者に結婚断られたタイミングで元宮さんに再会して、甘えたかっただけでしょ」 渡の手からグラスを抜くと、水の入ったグラスを持たせた。 「…仲くんて、結構ズバッと言うよなぁ。そういうとこ、汐月にちょっと似てる」 「え、そう?」 「…汐月…。汐月はなぁ、めっちゃ可愛いねん。えっちのおねだりも上手やったけど、めっちゃちゅうするんが好きでさぁ」 「いいから、水飲みなよ」 「水はええから、そのワイン頂戴や」 「渡さん」 ワイングラスを渡すまいと遠ざけていると、リビングに低い声が響いた。 「凛太郎くんを困らせるのはダメです。ほら、もう横になってください」 渡は強引に座っていたソファへと横にされたが、素直に従った。 「有坂くん、ネクタイ外してぇや。もう無理、眠い…ふわぁぁ」 大きな欠伸をする渡に甘えられて、玲はネクタイを抜いてやっていた。 「かなり限界だったんだよ。ほら」 僅か数秒で寝息を立て始めた渡は、相変わらず職場で肩身の狭い思いをしているらしい。 「まだ結婚相手に逃げられたとか陰口言われてるのかな」 「…どうだろうね」 ネクタイを綺麗に畳みながら疲れた顔で眠る渡を見つめる玲の横顔は、どことなく淋しさを映しているように見えた。 「…玲さんは?」 「ん?」 単に仕事で疲れているのかもしれないけれど、職場で聞かされる黒澤の惚気話に傷ついているのだったら。 「ううん。なんでもない。お風呂先に入って来なよ」 玲の為に用意している新しい下着を取りに行こうと立ち上がると、待てと止められた。 「前に言ってたやつ」 大きな紙袋を渡されて中を覗くと、新品の下着が沢山入っていた。 「え。これ、多過ぎない?」 「良いんだ。これからも泊まらせて貰いたいからその分だよ。凛太郎くんも使っていいし、渡さんにも使ってもらうから」 「渡さんにも?…それは何だか嫌だから、全部玲さんが使ってよ」 「どうしてだよ。買ってきた俺が良いって言ってるのに」 特に面白い事を言っている訳では無いのに、玲は眉を寄せて困ったような顔で笑った。黙っていると凛々しい雰囲気がするのに、笑うと幼く見える。 「はいはい、早く入って。俺は明日バイトあるからさ」 「うん。いつも悪いね。じゃあ、お先に」 玲の足音が浴室の方へと消えると、つまみやワイングラスで散らかったテーブルの上を片付けた。 玲が泊まりに来るのはもう何度目だろう。 いつだったか、腰にタオルだけ巻いて出てきた玲を見た時に、よく分からない感覚が込み上げたことがあった。その夜、変な夢を見た事を覚えている。翌朝は忘れていたが、数日経過してから徐々に思い出したのだ。ベッドの上で互いに全裸。そして、夢の中の玲はどっちが上になるんだと凛太郎に聞いてきた。 同性とセックスをしたのは元宮汐月とだけだ。そのたった一度の経験が、視野を広くしているのも確かで。 (…渡さんを見ていても何も感じないしなぁ) 口を開いて眠る渡を見下ろしていると、背中を叩かれて驚いた。 「びっくりした…!」 「渡さんがどうかしたの」 また彼はTシャツと下着だけの姿で出てきている。 「本当に早すぎるよね」 「風呂?…ちゃんと洗ってるけど」 「え〜?」 分かっていてわざと身体を引きながら言ってやると、匂ってみろ。と、腕を掴まれてしまった。 隣にいるだけで凛太郎が使うボディーソープの香りがしているから、その必要は無い。 無いのだが、引き寄せられるように彼の首に顔を寄せた。 凛太郎より玲の方が身長が低い。背の高さで言えば、女の子のようだ。 (でも、筋肉ついてて男らしい身体してるんだよね) 酔った玲に抱き上げられて驚いたと、元宮から聞かされた事があった。でも、オレと玲くんをまとめて抱き上げた丈晃も凄かったけど。と、彼氏自慢で終わった話だったが。 寄せた首筋で大袈裟に音を立てて息を吸い込むと、やはり凛太郎のボディーソープと同じ香りがした。だが、その中に僅かに漂う玲自身の匂いを見つけた。 「り、凛太郎くん…」 初めて嗅いだ彼自身の香りに引き寄せられていたらしく、凛太郎の唇が玲の肌に触れそうな距離まで詰めていた。 「あ、ごめんね」 すぐに距離をとったのだが、照れた様に視線を落としている。そうだ、彼も元々友達がいなかったんだ。他人と距離が近いのは苦手かもしれない。 「いや、君の息がくすぐったかったから…」 「あぁ、うん。うちのボディーソープの匂いしてる。あんな短時間でよく洗えるよね」 「…普通に入ってるだけなんだけどな」 話しながら部屋着のズボンを履く様子から、目が離せない。引き締まった足は色白で、派手な赤い色の下着に包まれた形のいい尻がちらりと見えた。 「…なに?」 「っえ?や、えーっと。俺も入ってくるから、先に寝てて。いつもの部屋使ってね」 「うん、ありがとう」 客室としてある部屋は、今ではほぼ玲専用の部屋になりつつある。 渡はいつも泥酔してソファで寝落ちてしまうので、三人でいても客間は玲だけだ。 最近ではほぼ毎週末、泊まりに来る。 過ごし方も変化してきた。酒を飲まなくても、映画を見たり、ゲームをしたり。 彼のお勧めのラノベを読んでみたり。凛太郎の日常生活の中に、玲に繋がるものが増えつつある。 (あれ?俺…、前にセックスしたのいつだった?) シャワーを頭からかぶりながら、固く勃起する分身を見下ろして考えていた。 以前は週に三、四回はしていたのに、最近はめっきりご無沙汰だ。 女の子達からのメールも、無視し続けているうちにあまり来なくなっている。 (これは、良くない兆候な気がする) 客がいるのに、オナニーも良くないが。 ゆるゆるとペニスを擦り、シャワーの音だけが響く浴室で目を閉じた。 身体にある最新の記憶を探りつつ、柔らかな粘膜に包まれる快感を思い出す。 (元宮さんの中…気持ちよかったな…) 自分だけでなく、元宮の乱れ方が凄かった。普段は凛太郎を冷たくあしらう彼が、大きく足を開いて腰を揺らし、凛太郎を残さず飲み込もうと尻を押し付けて。 顔を赤くして喘ぐ姿は、男でも興奮した。 それが玲なら、どんな風に感じるのだろう。 そう言えば、以前見た時に形のいい乳首をしていた。 (しまった、やば…) 射精寸前でブレーキなどかけられるわけもなく、吐き出した液体はシャワーの湯と共に流れていく。 今夜自宅に泊まる相手をネタに抜いてしまった。 これは少し、後味が悪い。 (…寝よう!早く寝よう!) 自分にしてはあれこれと考えすぎな日々だ。こういう時は寝てしまうに限る。 凛太郎はさっさと風呂を出ると、寝室へと飛び込んだ。 「なぁ、ちょっと」 しゃがんで作業していた凛太郎は、かけられた声に振り向く前に、頭を叩かれた。 「アホちんな仲くん、起きてますかぁ?」 書類でぺちぺちと鼻先を叩かれ、上司である元宮の手首を掴んで止めた。 「なんスか。起きてるから働いてるでしょ」 「珍しく一番に出勤してきたと思ったら、冷房入っててんけど。お外寒くなってきてんのに、店内寒くしてどないするんですかねぇ」 相変わらず可愛い顔してるなぁ。と、冷たい視線を気にもせずに見下ろしていた。 「せっかく褒めたろ思ったのに」 「あ、じゃあ。ご褒美はキスで」 「寝言は寝てからにせぇ」 勢いよくぶつけられた書類は、凛太郎が持っていなければいけないものだった。 「…なんや、体調悪いん?」 書類を見ていた凛太郎が視線を元宮に映すと、大きな瞳がじっと見つめていた。 「…あ〜。昨日玲さんと渡さんが飲みに来てて」 「え?また結生来てたん?」 「渡さんは頻繁には来ないよ」 「でも、せっかく玲くん来てるんやったら、二人きりのがええやろ?」 「………まぁ、うん」 凛太郎の顔を見ていた元宮は、途中だった作業を手伝おうと足元にしゃがんだ。 「仕事中やからな。今やったら作業しながら聞いたるけど」 元宮のこういう所が結構好きだ。世話好きの女の子にも彼のようなタイプはいるが、見返りが必要だったりするのが面倒で好きじゃない。 「俺さ、前に元宮さんに言ったよね。…玲さんの事」 「でも、仲良くなった程度やなかった?オレはとっくにくっついたんかと思ってたけど」 ストックの棚から本を出し、丁寧に揃えていく。この作業は好きだ。 「…なんかこう、簡単には出来ない…かな」 「へー」 「感情入ってないじゃん」 「まずは寝てみんと分からへんってゆーてた子が、変わるもんやね」 九つも歳上のせいか、まるで親戚のオジサンのような言い方だ。 「…俺、男友達いないからさ。考え始めたら難しくなってきちゃって」 「はは、難しいって。ええ事教えたるわ、仲くん」 隣でしゃがんで作業していた元宮の指が、かなり強い力で凛太郎の頬を抓ってきた。 「大事な相手やと難しくなるもんやねん。賢くなって良かったねぇ。その調子で今日もテキパキ働いてや」 力を入れたまま引っ張って指を放されたせいで、頬がじんじんと痛む。 大事な相手だから難しくなるなんて、凛太郎にだってわかる。だからこそ、身動きが取れにくくて困っているのだ。 元宮と身体を繋げたからと言って、凛太郎はゲイな訳では無い。純粋に男同士のセックスに興味があったのと、抱いてみたいと思った男が現れたから行動しただけだ。 だが、それは玲の方も同じなはずだった。 彼も、初恋はラノベに出ていたキャラクターだと話していた。セックスというのは、相愛の相手とするものだと。プロの女性相手に筆おろしをしてきた彼は、真剣に落ち込んでいた。 (ん?待てよ。繁華街の店だったよな?本番してる店とかダメなんじゃないか?) 「…ん?んんんんん?」 聞かされた時の彼の様子や話し方で、本番を済ませてきたのだと解釈していたが、違うのかもしれない。 次に会った時に、さり気なく確認してみようか。 手早く作業を終わらせると、開店準備をしに外へと出た。 出入口に敷くマットの埃を払う為に振っていると、突然後ろから抱き着かれた。 「おっはよ!凛太郎」 「あぁ、翠ちゃん」 「最近大学でしか会えないから、新鮮だね」 「そうだね。今から出掛けるの?」 「うん。ね、夜って空いてる?」 どうしようかな。逡巡した数秒の間に、じゃあ、夜に来るね。と勝手に決めて去っていってしまった。 玲は金曜日の夜に凛太郎のところへ泊まると、大体は目が覚めると帰ってしまう。 凛太郎の自宅はオートロックになっているので、鍵の心配もない。 時々は一度自宅に帰ったあと、バイト終わりの凛太郎を店の前で待っていて夕飯に行ったりもする。そんな時は、その日も泊まっていくことが多い。 余り細かく約束はしないし、その都度適当に流れていくような付き合いをしているので、予定は無いに等しいのだが。 先程の相手は天真爛漫で笑顔の可愛い女の子だが、凛太郎の話はあまり聞いてくれないタイプだ。 そんな所が可愛いと思っていた時もあったのだが、今の凛太郎には少し賑やかすぎるかもしれない。 勤務始まりに気の重い予定が入ってしまったとため息をつくと、冷たい風に吹かれた。

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