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もっと捕らえて 3

「旅行にぃ・・・行きませんか・・・?!温泉行きたいって言ってたし、誕生日だし!」 「え?・・・あ・・別にいいけど・・・温泉行きたいなんて、よく覚えてたな」 「貴方が言ったことは全部覚えてますから」 肝心(かんじん)なことはなかなか言わないくせに、こういう気障(きざ)なことはすんなり言う。 しかもいきなり、不意打ちで言うから、心の準備ができていないから、妙に恥ずかしくなってしまう。 少し頬が熱くなっているのを自覚しながら、オレは珀英から視線をそらして、ナスを一切れ箸で摘(つま)む。 「誕生日なら・・・ちょうど休みだし・・・ん?」 オレは嫌な予感がして、眉根を寄せながら珀英を見上げた。 「お前、マネージャーに何か言った?」 「え?!・・・いえ、何も」 珀英が慌てたようにオレから視線をそらして、思いっきり顔を背(そむ)けた。 珀英が気まずい時や、やらかした時、オレを怒らせた時によくやる仕草。 犬がやる動作と全く一緒。 そうやって明後日の方向見ながら、チラっとこっちの顔を伺(うかが)って見るのも。 犬と一緒。 オレはあえて、にっこりと笑った。 「今日マネージャーに、いきなり誕生日前後3日間休みにしたって言われたんだけど、お前だよね?」 「いやその・・・」 「珀英」 「すみません・・・」 絶対にオレに嘘を吐き通せない、隠し事ができない珀英は、結局いつもこうして謝る。 俯(うつむ)いて両手を膝に置いて謝るその姿も、ほんと犬。 いつもの通りしっぽ巻いて、しょぼくれてる。 「緋音さんが温泉行きたいって言ってたから、誕生日も近いし、何とか休み取れないかなって相談して・・・もちろん、無理だったら諦めるつもりでしたよ!」 「はぁ・・・そういうことか」 「今日スケジュール調整できたって電話くれたんで・・・緋音さんに仕事忘れてのんびりして欲しかったから・・・怒ってます?」 しゅんとして謝りながら、恐る恐るオレを見る。 図体でかいくせに、体小さくして、下から見上げるように、オレを更に怒らせないか怯(おび)えた表情をしている。 オレがそういうの弱いって知ってて、こいつはこういう態度をするんだよ。 わざとやってるとしか思えないけど、こいつアホだから何も考えないでやっていることもわかってるし・・・あーもう。 わかってても、わかってても、許してしまう。 「・・・もういい。特に大きな仕事抱えてる訳でもなかったし。それに・・・オレのためなんだろ」 「緋音さん!」 「怒ってないから、もういい。それより温泉、どこ行くつもりなんだ?」 珀英は顔をぱあっと輝かせて笑うと、温泉旅行の話しを始める。 さっきまでしょぼくれてた尻尾が、今はブンブンと元気よく振られている。 アーモンド形の黒い瞳を輝かせて、嬉しそうに話しているのを、オレは夕飯を食べながら聞いていた。 全く・・・オレは何で何度もこの駄犬に振り回されているんだ・・・。 考えることの底が浅いし、傍若無人だし、オレに従順すぎるし、たまに想定外のことやらかすし・・・。 わかっていても、振り回されても、ついつい許してしまう。 不本意なのに、許してしまう。 でも、それが心地良いことにも、気づいていた。

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