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第2話

その日、就業間近になって明日納期予定のプロジェクトのタスクが一つ見落とされてるのに気づいた。まだチームのみんなが帰る前だったから慌てて上司に報告してみんなに収集をかけ、手分けして対処にあたる。 「城田さん、俺はこの資料庫探すんで。城田さんは戻って安達たち助けてやってください」 就業時間を超えて、資料庫内は空調が切られていた。機材を探してあちこち走り回っていた俺はとっくにジャケットを脱ぎ捨てていて、それでも暑さを振り払いたくてワイシャツを大胆に着崩していた。汗を拭う俺とは違い、上司はジャケットこそ脱いでいたがシャツはきっちり着たまま涼しい顔で長い脚を動かして庫内を歩き回っている。 「向こうには林も佐藤もいる。先にこっちを2人で探した方が早い」 基礎体力が違うんだろうな。たまーに思い出したようにお遊びでサッカーをやる俺と違って、上司は普段からジムに行って鍛えてるらしいし。 ほんとできる大人の男オーラダダ漏れな。彼女さんどんな人なんだろ?そういえば彼女の話とかあんま聞いたことないけど、まさかいないわけはねーよな、こんな男前に。 「……あっつい」 不満を漏らしながら棚の一面を探し終え反対側に行こうとしたら、ちょうど反対の同じところをみていた上司と正面からぶつかった。 「あっ、っと、すみません前向いてなくて」 「すまない泉。俺も前方不注意、で……」 幸いにか悔しがるべきか上司は175ある俺よりもっと高いから、顔面同士をガチコンやるどころか広い胸に抱きとめられた。 普段から肩を叩く延長でいろんな所を触ってくるこの人の距離感に慣れきっていた俺は、その時も普段の延長で上司の厚い胸板に手を置きすんません、と上目で上司を伺い見た。 「いずみ……」 「はい」 途端なぜか俺を見て固まり言葉を詰まらす上司。 ん?どうした……あ、やべー汗臭いかも俺。 定時過ぎたとはいえ会社であるまじきスーツの乱しようを思い出し、さらに汗かいてる俺。学生時代運動終わりでも汗臭いって言われたことないけど、むしろ泉ちゃんの体臭エロ!とか男所帯の謎のノリでもみくちゃにされんのがネタだったけど、ま、普通に汗臭いもんは汗臭いよな。 「すみません。めっちゃ汗かいちゃって、ネクタイもさっきそれで外しちゃって…汗臭かったっすよね、すみません」 慌てて謝りながら距離を取ろうとしたら、逆に上司の手が伸びてきて棚に体を押し付けらた。 「うわ!」 状況が掴めず呆然と固まる俺に、上司の顔が迫ってくる。 え、ちょ、待って何これどういう展開?咄嗟に目を瞑ると、唇に触れた柔らかいもの。 それが何かなんて考えなくても分かる。 なぜかキスされてる、俺。 「んむ……ッ」 驚きで半開きになっていた口内に熱い舌が入り込んできて、俺のそれと絡み合う。 混乱しているうちにどんどん深くなるそれに、息継ぎが上手くいかない。苦しいし混乱して突き放そうとするも、腕を強く掴まれていて碌な抵抗にならない。 「ふ……ン、ぅ」 「泉……いずみ」 必死に抗えば争うほど息が上がり、貪るような獣のようなそれに酸欠で意識を失いそうになって、やっと解放された時にはズルズルとしゃがみ込んでしまった。 力が抜けて殴りたくても殴れないのが悔しい。 「はぁっ、はぁ……なん、で」 今更だがここは会社の資料庫である。そんなところで上司にディープキスされてさらにたった今壁ドン追加された俺。目の前には尊敬してた上司。なんで……俺? 「泉……好きだ」 「へ?」 「好きなんだ。ずっと前から好きだった。泉も分かってただろ、俺の気持ち」 「えぇ!?」 驚きすぎてめちゃめちゃ大きな声出してしまった。 初耳なんですけど!?つうかどこの世界に同性の上司から好意を向けられると思える部下がいるんだよ。 目を丸くして驚いていると、何を血迷ったのか再び顔を近づけてくるのに驚いて反射的に顔を逸らす。すると今度は頬を両手で挟まれて強引に戻された。 「俺があからさまにアピールしてもお前は余裕で躱して、それどころか受け入れるような素振りまでしてたじゃないか!」 「ひや、ふちゅうに……仕事仲間としてのスキンシップだと、思ってました」 「そんなわけないだろう。あのな、普通に考えて男の上司にあんな風に触られたら気持ち悪いだけだぞ」 「だってそれは城田さんが触ってくるから。てっきり俺はみんなにそうなのかと」 「違う。泉だから触れたいと思ってたし、他の奴にはあんなに自ら触らない。このご時世だからな」 「分かってんじゃん……」 自覚あるなら俺にも止めてくれ。 「つか、上司に迫られた時点でパワハラですよ」 「……じゃあキスまでした今のはセクハラだな」 なんで開き直ってんのこの人…。あといい加減壁ドンやめてほしい。 「あの、城田さん、誰かと勘違いしてませんか?俺、泉ですけど。部下の。」 「わかってるよ。泉一輝(かずき)、27歳独身、彼女なし。趣味はサッカーとゲーム。週末はフットサルに行って、好きな食べ物はラーメン。嫌いなものは香草系と辛いもの。好きな女性のタイプは黒髪ショート。あと猫より犬派だ」 「……ストーカーですか」 怖いわ!!なんで知ってんの!? 「違う。俺は泉のことを全部知りたかっただけだ」 「それがストーカーっていうんですよ」 ダメだ。尊敬してた上司がセクハラどころかストーカーでもあった。上司がストーカーとか個人情報の扱いがおそらくガバすぎて笑える。いや笑えない。しかもこのままでは埒が明かないどころか強引に何かを押し切られる気がする。この人はこんな変態くさくてもなかなか優秀なサラリーマンなのだ。 だが俺も、そんな城田さんの元について6年。簡単に言いくるめられる訳にはいかない。 「ひとまず、城田さんの気持ちはわかりました。めちゃくちゃビックリしたけど了解です。俺の気持ち的には、城田さんは尊敬できる上司であってそれ以上でもそれ以下でもないというか、正直恋愛対象ではないです。ごめんなさい」 「……」 「すみません。これからも会社の先輩後輩としてよろしくお願いします。」 そう言って深々と頭を下げれば、ようやく壁ドン状態をやめてくれた。 「……わかった」 納得してくれたらしい。良かった。これで平穏な日々が戻ってくる…… 「だが諦めないからな!」 前言撤回。全然良くなかった。 「俺は本気なんだ。今は恋愛対象として見れなくてもいいから、俺にチャンスをくれ」「えぇー……?」 いや普通に嫌なんですけど。 「絶対に惚れさせてみせる」 「ちょ、待ってください!無理っすよ!」 「無理じゃない」 「いえ、もうほんと、勘弁してください……!」 「絶対逃さない」 こうして上司からの猛アタックが始まった。

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