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言葉につまった俺をやっぱり意地悪く見つめて。守屋はゆっくり、くちびるを寄せてくる。
「……すきです、真尋さん。俺のものになってください」
キスの、一歩手前で。
嫌になるくらい、甘く低めた声で。あいかわらず意地悪な笑みをくちびるにのせて。わざと俺の名前を呼んで。守屋はそれが当然のように、とどめをさす。
「ず、ずるい……おまえっ」
「でも、すきなんでしょう?……俺のこと」
必死に返した言葉も、その自信満々な一言にあっけなく丸め込まれる。
年下のくせに一枚も二枚も上手なこのいじめっこに、勝てる気も出し抜ける気もしない俺は――素直になるしかないと、思う。
「……すき」
「よくできました」
小さなこどもに言うように、やさしく。意地悪だった笑みをうれしそうな微笑みに変えて。
まるで“ご褒美”だといわんばかりに、守屋はおあずけだったくちびるを重ねてくる。
どこまで生意気なんだ、と思うけど。
きっとずっと遊ばれる、と思うけど。
悔しいながらもあきらめる。だって昔からよく言うじゃないか。どうがんばっても守屋を嫌いになれない俺に、お似合いの言葉。
――『惚れたほうが負け』
すきの不可抗力ってつまり……そういうことだ。
すこしの恥ずかしさと十分すぎる幸福感のあいだで。でもこんな理不尽なら悪くはないかな、と。くちびるのやさしい微熱を感じながら、ひそかに――思った。
_示談です! I am the victim!
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