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俺、ポメになる

 日本ではポメガに対して、まだまだ理解が足りていない。  迷子犬だと思われて保護されれば御の字、わるくすれば違法な業者やヤのつく方面に持っていかれて何かの材料に使われることだってある。  そんな事情もあって日常的に気を付けていたのだが──今回はどうにも、タイミングの悪さが重なった。  職場で長く相談役を務めていた役員の横領が発覚したのだ。  しかもその役員が元経理畑の人だったせいで、経理部にいる俺の元にも調査だとか第三者機関からの問い合わせが押し寄せた。おまけに発覚したのが会社の決算期だったからさらに悲惨だ。いつもの倍以上の書類に追われてげんなりしていたら、社長が入院してしまった。  地元社会に密に根を張った小さな会社である。過労という名の逃避であることは社員のみんなが知っていた。 「社長〜! アンタがもっとしっかりしていれば〜!」と思わずにいられない。  だが、ピークは超えた。連日の残業で目の下には黒い隈が滲んでいる。よろよろと重い体を引きずるようにオフィスを出た。  そして家まであと数十歩、という距離の路上で……。  イレギュラーなストレスに翻弄された俺のからだは、唐突なポメ化を遂げたのだ。  アスファルトには脱げたスーツや投げだされた鞄が点々と散乱し、街灯の光に照らし出されていた。  俺の両親は二年前、伊豆に移住して、それ以来のんびり隠居を決め込んでいる。俺がポメ化してもポールの派遣するSSが手厚くケアしてくれるから心配をかけなくて済む。好きなことをして過ごしてくれと俺から頼んだのだ。なんだかんだで親には苦労をかけたからな。  だけど、おかげで家には今誰もいない。 (スーツは捨て置くしかないけど……玄関の鍵、どうしよう……ポメの手じゃ開けられねえよ)  視線を下げ、じっと自分の前脚を見つめた。  かわいい。おけけ、ふわふわしてて、とてもかわいい。  ポメの俺かわいくて最高だけど、これからどうしたもんかなーと道路をうろうろしていると、車が来たので慌てて道端に寄った。  とにかく、スマホでポメ用SOSを送ろうと思って鼻先で自分の荷物を漁ったら、近くにある側溝にスマホを落としてしまった。  ──ぽちゃん。  俺愛用の端末は汚水に落ちた。 (し、しまったーっ! 万事休すっ……!)  え? え? ……どうしよう。  ポメとして生きていくしかないの? 不安で心臓が張り裂けそう。  同じところでぐるぐる回っていたら、道の奥から誰かがやってくるのが見えた。さっき通りかかった車が止まっている。  迷子の犬だと思われたのだろうか。でもスーツとか散らばってるし、運転手の人、もしかしたらポメガだって気づいてくれるかな?  期待を込めてどんなやつなのか暗闇を見つめていると──現れたのは、高校時代の同級生・久我透だった。  清潔そうなジャージにかっこいいデザインのスニーカーというカジュアルな服装で、俺と同じ三十手前のくせに若々しくみえる。しかも高校の頃より男っぷりが増している。  まだサッカーやってるのかな。小首を傾げて見上げていると、くすっと久我が笑った。 「……とぼけた顔してるな。三原(みはら)だろ。三原咲也(さくや)」  俺は驚愕した。なんでポメラニアンになってんのに分かるんだよ! お前となんか仲良くなかっただろ!! 「きゃうんきゃうん、ぐるる…(なんで俺がわかるんだ、久我)」 「ふふっ、なんで分かるのか不思議か? ……ずっと見てたからだよ。ポメ化してても、お尻のかたちで俺には分かるんだ」 「がふがふっ!(そ、そんなバカな!)」  しかし……よく俺のことなんて覚えてたもんだ。  久我は常に人気を集めるキラキラ王子様。スポーツもできるし勉強もよくできる、誰もが憧れるスクールカーストのトップに君臨する男だった。  俺たちは三年間ずっと同じクラスだったが、正直あまりいい思い出はなかった。  だまって地面の小さな石ころを眺めていると、ひざを地面について俺の頭をなでなでしてきた。  同年代の男に頭を触られるのは好きじゃない。もっと言うと子供もきらい。あいつらはぬいぐるみ扱いしてくるからな。親戚の女児に振り回されて、もうすっかり子供恐怖症だ。  ぶるんと頭を振って手を払い、ちらりと見上げてみれば、久我は目をぱちくりさせて、ごくりと喉を上下させた。 「ふんふんっ(不本意だが仕方ない)」  スマホもないし意思の疎通もできないしで、とりあえず路面に脱ぎ散らかした状態のスーツから社員証を取り出し、わんわんと吠えた。  ここで会ったが百年目。  俺はお前を地獄の底まで利用してやんよ。

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