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捜索
翌朝、久我家のテレビでBSニュースをつけたら見慣れた顔が映っていた。
「わんあんっ(ポールだー)」
画面には、失踪者を探しています、のテロップがでかでかと踊っている。ポールが目の下にクマをつくって、深刻な表情でカメラに訴えかけていた。
「……日本に住む私の親しい友人が行方不明になりました。彼はポメガであり、現在もポメ化している可能性が非常に高く、私はとても心配しています。──消息を絶ったのは空き家の多い区域で、治安の悪化が懸念されていました」
最新の国際ニュースらしく、音声は同時通訳さんが淡々と読み上げている。その報道内容に俺は度肝を抜かれた。
(ポール、日本の友人ってそれ──俺のことだよね?)
画面が切り替わると、普段の人間の姿をしている俺の写真と、ポメ化した俺のポメ写真が、並べて映し出されていた。
この写真はどちらも大学卒業後の春休み、X国のポールの実家でホームステイした時のものだ。
摘みたてのベリーとヨーグルトでスムージーをつくっていたら、ミキサーの蓋がきちんと閉まっておらず、中身をしこたま俺が浴びてしまい、その衝撃でポメ化したのだ。
ポールがすぐお世話してくれたからよかったけど。
なんかその後「カワイイ、カワイイよ、サクヤ! きみは最高!」ってたくさん写真撮られたんだった。今思い出した。
「これは私のプライベートな写真です。みなさん、どうか力を貸してください。ポメガへの無理解、搾取を私は許すことができません。かならず友人を卑劣な者の手から取り戻す!」
ポールは凛々しい顔で断言した。
我が友人ながら、映画俳優のようだ。絶対スクショしてるファンの人いるだろうな。
「──ベケット首相は友人の捜索を熱く訴えました。情報をお待ちしています」
アナウンサーが冷静に締め括った。
とはいえ、俺は高校ん時の同級生に匿われてるだけなんだ。でもそれを伝える手段がないんだよな……。
久我も呆気に取られてテレビを見ていた。
「……お前、なんでこんな深刻に捜索されてるんだ?」
「きゅうーんん(友人が首相なもので…)」
「ABCだぞ、国際ニュースだぞこれ」
「きゃんきゃんっ!(友達が首相やってるからっつってんだろ!)」
「あいつ、お前のポメ写真まで持ってたな。いったい、どういう関係──はっ、まさか三原のストーカー!?」
なぜか苦悶の表情を浮かべ、あらぬ方向に想像力を羽ばたかせている。
落ち着いて。あと、急に怖い顔するのやめて。ちびりそうになるから。
なによりも早く俺の身柄を交番に連れて行くべきだ。きゃんきゃんと俺は吠え立てた。
そのとき、「速報です、ブレイキングニュース!」とド派手な効果音が流れた。俺たちが揃ってテレビに視線を戻すと、
「失踪した青年と思われるポメラニアンの映った防犯映像が公開されました。また、インターポールの派遣が緊急決定。地元警察と総動員で捜索にあたる模様です」
テレビにはドラッグストアの駐車場が映し出され、キャップをかぶった久我のすがたがとらえられている。
さーっと身体中から血の気が引いた。このままじゃ、久我が逮捕されてしまう。明らかに犯罪者扱いされてるじゃないか。
どれだけ、どれだけこいつが俺を助けてくれたか、だれもなにも、知りもしないで──!
「あうあうっ!(お前、ヤバいじゃん!)」
「いや……俺のことは構わなくていい。だけど、問題はお前だよな。いったい、どうしたら人間に戻れるんだ?」
それは俺を甘やかしてちやほやしてくれればいいんだけど……うまく伝えられない。これがもし両親相手ならすり寄って心置きなく甘えられるんだが。
途方に暮れてうつむいた。久我の家の床には、昨夜俺がはしゃいで引っ掻いた爪の跡が残っていて、それがまた俺の気持ちを凹ませた。
「とりあえず、朝飯にしようか」
久我の提案に「きゅうん」と頷く。
「離れたくないなぁ。三原……せっかく会えたのに」
淋しそうにつぶやいた。
それがあんまり悲しく聞こえたので、励ますつもりで足元に擦り寄った。お前は何も悪くないよ。伝われ、伝われ、と念じて頭をぐりぐりと押しつけた。
久我は背中をてのひらでそっとやさしく撫でつけてくれる。あったかくって優しい手だなあ。
「人間に戻っても……俺たち、いっしょに居られないか?」
人間に戻っても? だけどさぁ──俺と久我って、共通の話題がないじゃん。そう思って久我を見上げて首を傾げる。
「三原……なあ、咲也って呼んでもいい?」
「わうん(いいけどよ)」
気安く返事をすると、それをOKと解釈してさっそく名前を呼んだ。気の早いやつ。
「咲也。可愛いよ。俺は……高校の時、三年間、ほんとはこっそりいつも目で追ってた」
すごいこと言うな。ぜんっぜん気づかなかったよ。え、久我ってそんなに俺のこと、見てたの?
久我も姿勢を崩して俺の隣に寝転んで寄り添う。
こいつのからだ、あったかいな。長毛のくせにポメのからだって寒がりでなんかぷるぷるしちゃうんだよな。それにいい匂いがする。きのうのお風呂のシャンプーとボディソープの香りと、それからすごくやさしい、からだを包み込むような安心する匂いだった。なんだろうな、これ。
ほにゃあとくつろぐ俺に久我が話し続ける。
「……よく図書室の奥のほうの棚にいたろ。話しかけたかったんだ。でも、いつも本読んでたし、俺なんかが邪魔しちゃわるいとおもって」
俺の隠れ家を知っていた、だと……? お前の気配の消し方、ただもんじゃねえな。
「咲也がうつむいて本読んでると、黒い髪が白い頬にかかって、長いまつ毛が神秘的な美人って感じに見えて……背中側の窓から木漏れ日が落ちててさ、きれいだった」
ちなみに俺が読んでたのはいつも同じ本だ、フレーザーの金枝篇だよ。つっても、まじで読んでたわけじゃなくて、金枝篇を抱えてる俺、なんかカッコイイって思ってただけだから、内容なんてちっとも頭に入ってないんだぜ。
あの本、他に借りるやつもいなかったしな。
「だから……高校の時、図書館で咲也に見惚れたのが、俺の本当の初恋なんだ」
久我が俺の髪を撫でた。
「後にも先にも、あんなふうに誰かを想ったことは、他にない。咲也だけなんだ……」
俺はすん、と久我の少し甘くてやわらかい匂いを嗅ぐ。とろんと胸の中にも温かなものが流れ込んできた。
「……好きだよ、大好きだよ、咲也」
「そうだったのか」
「うん。って、咲也! 人間の、咲也だ!!」
「お? あ、本当だ、戻った!」
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