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アイ オープナー ③
瀬名秀一 26歳 神奈川県育ち 家族は両親と姉、大学入学を機に一人暮らしを始める。趣味はドライブ、海に良く行く。某一流大学卒業後現在のL&Bに入社。勤務態度、業績とも社内トップクラスで大きな対人関係トラブルは無し。
結婚歴はなく現在は彼女もいない様子――先月突然の退職、原因は不明――。
「――ふぅ……」
懇意にしているとある筋から仕入れた報告書を読み、理人は深く椅子に座りこんだ。
彼が来てから早二週間が過ぎようとしているが、教育係など付ける必要が無いのではないか? と思う程に驚くほどのスピードで部内に馴染んでしまっている。
一見、やる気の無さそうなモッサリとした頭と眼鏡はもはや彼のトレードマークのようなものになっており、最初は戸惑っていた社員たちの中にも彼を好意的に受け止めている風潮が流れ始めていた。
「どうだ、アイツの様子は」
教育係として付かせている、萩原に問うと彼は聞いてください! と言わんばかりに目を輝かせて迫って来た。
「凄いんですよ瀬名さん! 一つ教えたらすぐに覚えちゃうし、一度説明すれば何でも理解して、応用も完璧にこなせるんです! 俺なんかが教える事無いんじゃないかってくらい優秀なんです!」
「まぁ、そうだろうな……」
「えっ? 部長、瀬名さんの事ご存じなんですか?」
しまった、と思った時には既に遅く、興味津々といった顔つきで覗きこまれてしまう。
まさか、瀬名の事が気になってしまい、身辺調査を依頼していたとは流石に言い辛い。
「っ、大したことじゃない。オフィスでの仕事ぶりを見る限り私がそう思っただけだ」
適当に誤魔化すと、理人はパソコンに向き直ってキーボードを叩き始める。
「あぁ……なるほど。確かにそうですね。そう言えば部長聞いてくださいよ、この間も瀬名さん凄くって――……」
「……何が、凄いんですか?」
「っ」
突如萩原の後ろから聞こえてきたテノールボイスに心臓が大きく跳ね上がる。
まだ理人はあの時の男が瀬名であると認めたわけでは無い。だが、目の前のコイツがあの夜の事を知っているのは確かで、動揺を悟られぬよう小さく息を吐くとようやく顔を上げた。
「……丁度、君の話を聞いていた所なんだ。随分活躍しているそうじゃないか」
「いえ、僕はただ、与えられた仕事を毎日こなしてるだけですし、萩原先輩の教え方が上手いので、いろいろ勉強させてもらってます」
「いやぁ、それほどでも……ていうか俺の方が歳は下なんだから先輩とか止めろって言ってるじゃないっすか」
照れたように頭を掻く萩原を見て、二人は良好な関係が築けているのだと判断すると、理人は再びディスプレイへと視線を戻した。
「鬼塚部長、これ報告書です」
「そこに置いておいてくれ」
差し出された報告書をチラリと見て顎で指すと瀬名は一瞬だけ何か言いたげな顔をしていたが、直ぐに萩原と共に自分の持ち場へと戻っていった。
「ん?……これは……」
提出された報告書にざっと目を通していると、書類の間に1枚の付箋が貼られている事に気が付いた。
『本日19時 あのバーで』
手書きで書かれたメッセージにドキリとしハッとして瀬名のデスクに視線を向ける。
すると、瀬名と目が合ってしまい、慌てて逸らすと理人は誤魔化すように軽く咳払いを一つ。
「あの野郎……」
理人は小さく舌打ちを漏らすと再び書類へ目を通し始めた。
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