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アイオープナー ④
「あらぁ、いらっしゃーい。こないだの子、来てるわよ」
「あぁ……」
仕事を終え、待ち合わせの場所へ向かうといつものカウンター席ではなく、少し奥まったテーブル席へと案内された。赤を基調としたベルベット生地のカーテンで仕切られた半個室のような空間に、間接照明の柔らかい光が降り注いでいる。 その真ん中に重厚感のあるテーブルと2人掛けのソファがセットされており、瀬名がソファにゆったりと腰掛けて読書をしていた。
いつもの野暮ったい髪型はどこにも無く、サラリと整えられた黒髪が頬にかかり、切れ長の瞳は長いまつ毛に縁どられてそこはかとなく色気を醸し出している。
正直、髪型と小物だけでこんなにも受ける印象が違うものかと驚いた。
思わず立ち尽くしていると、こちらに気付いたのか、瀬名は読んでいた本をパタンと閉じて柔らかく微笑んだ。
「お疲れ様です。すみません、無理言って」
「別に、お前の為に来たわけじゃない。今日はたまたま飲みたい気分だったんだ」
ぶっきらぼうそうに答えると、コートを脱いでハンガーにかけ、仕方なく瀬名の隣に腰を下ろした。
「たく、なんで野郎二人でカップルシートに座らなくちゃなんねぇんだ狭いだろうが」
「いいじゃないですか。こうやって密着できるから僕は好きですよ」
するりと腰に手を回され、耳元に甘い声色で囁かれる。その瞬間、背筋にぞくりとした感覚が走り思わず息を呑んだ。
コイツ……随分と手馴れている……。
「てめぇ、もう酔ってんのか? 暑苦しいから離れろ!」
「ほんと、つれないな……」
牽制の意味を込めて睨み付けてやると、瀬名は大げさなほど肩を竦めて見せる。だが、その表情はどこか楽しげで、まるで本気で嫌がっていないことを見透かされているようで何だか居心地が悪い。
丁度そこに、カクテルとフルーツの盛り合わせを持ってナオミが現れ、すかさず「あらやだ、イチャイチャしちゃって。もしかして理人の彼氏だったの?」と茶化して来るので、「違う」とだけ返して黙らせた。
「やだもう、睨まなくったってもいいじゃない」
器用に野太いキンキン声を上げながらグラスを置いて去っていくナオミを横目に、理人は小さく息を吐いた。
「はぁ、悪いな。騒がしい奴だが悪い奴じゃないんだ」
「別に気にしてませんよ。それに僕は彼氏でも全然かまいませんけどね」
「ブッ! は、はぁっ!? てめっ、やっぱ酔ってんな?」
シレっととんでもない事を言われ、思わず口を付けたばかりのカクテルを噴きだしてしまい、慌てて口元を手の甲で拭った。
「いいじゃないですか。どうせヤる事ヤったんだし」
「あ? もしかしててめぇは、一回寝たら恋人同士になるとかって、お花畑の住人じゃないだろうな?」
ギロリと鋭い眼光で睨んでやるが、瀬名は全く動じていない。それどころか余裕すら感じられる。
「まさか。残念ながらそんなおめでたい思考は持ち合わせてませんよ。ただ――……僕は、この間の貴方の姿が、どうしても忘れられないだけなんです」
真っ直ぐに見つめられると、思わず吸い込まれそうになる程の妖艶さを孕んでいる。
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