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2 それからの日常

 そんなことがあってから二週間ほど、おれの指にはずっと金色の指輪が嵌ったままだった。仕事の最中は包帯を巻いて誤魔化し、寮に帰ってから外している。指輪自体は一度も外していない。幸いなことに持ち主が現れることも、誰かが指輪を探しているという話も聞くことはなかった。寮内に特別親しい友人のいないおれに、その指輪をどうしたのか聞くものもいない。  本当は持ち主を探すべきだし、警察に届けるべきだ。頭ではわかっている。これって泥棒なんだよな。だけど指輪への憧れの気持ちから、それが出来ないままに指に飾っている。こんなことなら警察に届けて、自分のものになるまで待てば良かったのかもしれない。けど、指輪を手放すのが惜しくて辞めてしまっている。 (どうかしてるよな……)  こんなに執着するなんて、思いもしなかった。小さな金色の指輪。おれの指には合わないしそもそも似合いもしないのに。 「ふぅ……とりあえず、食堂に行こう」  少しだけ後ろめたさを感じながら、おれは指輪を撫でて部屋を出た。  ◆   ◆   ◆  夕暮れ寮の食堂は、夕日コーポレーションの所有する寮の中でもトップクラスで美味しいと評判だ。専属の栄養士が考えている献立は美味しいだけでなくカロリーと栄養素も考えられている。土日も営業して欲しいくらい評判が良いが、残念ながら営業は平日のみだ。  おれはメニューを確認してトレイを手に取ると、給仕を待つ列に並ぶ。夕食時とあって、食堂は混雑していた。 「あー、カレーが良いかな……、それとも肉……」  前に並んだ青年が、決めかねているのかブツブツと呟きながら並んでいる。長身で、赤く髪を染めた青年だった。 「あ、スプーン!」  食器を取り忘れていたらしく、前の青年が勢いよく振り返る。反動でおれにぶつかりトレイが胸に当たった。 「いっ」 「あ、悪い」 「っ、良いです」  少しムッとしたが、荒立てるつもりはない。青年はもう一度誤ってスプーンに手を伸ばした。 (ふぅ。何だよもう……。指輪に傷ついたらどうする……)  指輪が変わらず輝いているのにホッとする。不意に、視線を感じて顔を上げた。赤髪の青年が、俺の指に視線を向けていた。 「っ」  さりげなく指が見えないように角度を変え、様子を窺う。青年は何か言いたげな顔をしたが、追及はしてこなかった。ホッとして小さく吐息を吐く。何か言われたら、どう返したら良いのか考えなければならない。拾った指輪を着けているなんて、普通のことじゃない。 (外した方が良いのかな……でも)  やっぱり、外したくない。  おれがソワソワしているせいか、前に立つ青年もどこか落ち着かないように見える気がした。

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