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15 本当に欲しい指輪は
愛されることはない。という否定の言葉を、星嶋が喰らった。唇ごと噛みつかれ、舌にこびりついた自己否定を掬いとるように舐め上げる。
「んぅ、んっ……」
星嶋の熱い舌が、不快じゃなかった。慰めのキスは優しく、甘く切ない。
もしかしたら、口が悪いこの男は、思っているよりも優しい男なのかもしれないと、ボンヤリと思った。
「うっ、はっ……んっ」
ちゅっと音を立て、唇が離れる。額をくっつけたまま、星嶋が唇が触れる距離で囁いた。
「そんな理由なら、外した方が良いだろ」
「……っ」
そりゃ、そうだ。自分に贈られたわけじゃないのに、惨めだと言いたいのだろう。
「アンタなら、指いっぱいに指輪貰えるんじゃねえの」
「ふざけないで」
そんなわけない。自嘲して、星嶋を睨む。
「くれないヤツが、言わないで」
「これはクソアマ――性悪女の指輪だ。アンタにゃ似合わねえ。俺から、欲しいのかよ?」
挑発するような言葉に、ムッと顔をしかめる。くれないクセに。この指輪すらくれないのに、何を言ってるのか。
「からかわないで」
星嶋の唇が、再び唇を塞ぐ。ベッドに押し倒され、指を絡められる。
「ん、ぅっ……、星……んっ」
星嶋の手が、おれの指から指輪を抜き取った。
「あっ」
指輪を奪われ、星嶋を睨む。おれの、指輪だったのに。
星嶋はニッと笑って、指輪を唇に咥えた。
「欲しいなら、盗ってみたら」
「――」
そのまま舌に指輪を載せ、星嶋が挑発するように笑う。おれはグイと星嶋の首に腕を回して引き寄せ、唇に噛みついた。
舌が指輪に触れる。歯に指輪がぶつかって、カチカチ音がした。
「んっ、ぅん」
星嶋の舌が逃げる。ゲームのようなキスなのに、身体が熱くなる。
くちゅくちゅと、舌が絡まり合い、ゾクゾクと身体が揺れる。指輪を求めているのか、星嶋を求めているのか、解らなくなる。
「んぁ、んっ、ふっ……んっ」
「っ、はっ……限界……」
短く息を吐き、星嶋の手が腰に伸びた。その手が服の隙間に入り込み、下着越しに尻を掴まれる。
「んはっ、ぁっ、星嶋……っ」
「アンタも、欲しいだろ」
「――っ」
顔が熱い。見透かされている。
星嶋はもう一度キスをして、おれの服を脱がせてしまった。
◆ ◆ ◆
「二股――いや、もっとかも知れねぇ」
星嶋の腕に抱かれたまま、そんなことを聞かされる。行為の後の気怠い身体を星嶋の胸に預け、耳を傾けた。身体はまだ熱く、心臓がドキドキしている。こんな風に身体を結ぶなんて、少し前のおれからは信じられない。
星嶋は指先で金色の指輪をつまむ。そうやって持っていると、本当に小さな指輪だ。
「俺は――けっこう、好きだったんだけどな。優しくしたつもりだし、大切にしたかった」
「……」
その言葉は、妙にしっくり来た。きっと星嶋は彼女を宝物みたいに大切に扱ったのだろう。おれをお姫様だっこして、靴を脱がせてくれた時、星嶋は王子様みたいだった。口は悪いし、怒りっぽいけれど、優しい目もするのを既に知っている。
「たまたま――、浮気現場に踏み込んじまって……。プレゼントはだせぇし、アッチはいまいちだしって、罵倒されて。こんな安物の指輪要らないって、投げつけられた。で、そのまま別れた」
「――えぇ……」
とんでもない修羅場だ。しかも酷い言われようじゃないか。浮気したのは彼女の方だというのに。それに、星嶋は下手じゃないと思うけど。
「指輪……綺麗だし、その……アッチも良いと思うけど……」
「は。フォローどうも。まあ、彼女には少し、遠慮してた。……見た目は折れそうな感じの清楚キャラだったからさ。ま、クソビッチだったけど」
星嶋の話に、指輪を捨てたかった理由に納得してしまう。まあ、嫌な思い出だったのだ。指輪に罪がないと言っても、見れば思い出して嫌なのだろう。そんなことを聞かされたら「欲しい」とは言いにくい。
星嶋の指が、頬に触れた。
「……だから、正直自信失くしてたんだけど――。アンタが良いって言うなら、ちょっとは自信つくぜ」
「何それ」
気恥ずかしさに、顔を赤くしてそっぽを向く。それを顎を掴んで星嶋の方を向かされ、キスをされた。
唇が離れ、星嶋は起き上がって服を拾い始める。その背中を見ながら、おれも身体を起こした。
「そろそろ戻るわ。指輪は、もう要らないだろ」
「……要らないわけじゃないけどな」
拗ねたようにそう言って見せると、星嶋は笑っておれのおでこを指ではじいた。
「痛っ」
ヒリヒリする額を押さえる。酷い。だが、初めて見るかもしれない星嶋の笑顔は魅力的で、つい許してしまう。
「アンタが欲しい指輪は、『コレ』じゃねぇだろ」
「……まぁ」
そうなんだけどさ。ちぇ。
まあ、エンゲージリングが欲しい身としては、他人の嫌な思い出が詰まったファッションリングで喜んでいてはいけないのだろう。
(星嶋のおかげで(?)奥手なおれも経験値上がっただろうし、少しは彼氏とか探してみたほうが良いのかな……)
エッチが気持ちいいもんだって、知ってしまったしな。
すっかり着替えて立ち上がった星嶋に、思わず手を掴む。
「行くの?」
「あ? おう」
行ってしまうのか。指輪の件がなくなったら、もう星嶋はここには来ないんだろう。そう思ったら、急に寂しさがこみ上げる。手に力を込め、ぎゅっと星嶋の手を握った。
「寂しいから、行かないで」
「――は」
素直な気持ちを伝え、星嶋の手に頬を寄せる。行かないで。こんなに身体がまだ熱いのに、一人になんかしないで欲しい。
「行かないで」
「――っ」
もう一度そういうと、星嶋はぐっと息を詰まらせた。少し逡巡して、ベッドに腰掛ける。
「……二人で寝るには、狭いだろ」
「くっついて寝れば平気」
自然に、顔が近づく。ちゅ、と音を立て、舌が触れ合う。
「じゃ、エアコンの温度下げよう」
言いながら、ベッドに倒れこんだ。
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