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14 言葉には出来ず
星嶋の強引な約束のせいで、おれは一日中憂鬱だった。身体は軋むし、また言い合いになると思うと気が滅入る。ボイコットしたかったが部屋を知られているし、釘を刺されている。
(まぁ、指輪を返せば済む話だけどさ)
ベッドの端に腰掛け、指輪を眺める。本当にキレイ。
(星嶋はどんな風に、この指輪を渡したのかな……)
元の持ち主は、何故、星嶋に指輪を返したのだろう。渡せなかった、とは思えない。箱もないのだし。勝手な想像だが、この指輪は返却されたもののはずだ。
「それにしても……」
チラリと部屋の時計を見る。自分で言ったくせに、星嶋はまだ来ない。こっちは一日中ソワソワしていたのに。
夕飯も風呂も済ませてしまった。今来ないなら、残業なのだろう。
「うーん。もしかして来ないのでは? DVDでも観ようかなー」
うん。来ないのかも。さすがに夜中には来ないでしょ。亜嵐くん主演のドラマ、もう一回観たかったんだよねー。亜嵐くんが超ドSなヒーローで、カッコいいんだ。ヒロインにすごい感情移入してしまう。
おれは一人で納得すると、DVDをプレーヤーに挿入した。
◆ ◆ ◆
うっ、ううっ。亜嵐くんってば酷いっ。ヒロインが可哀想っ。でもカッコいいから許しちゃう。ドS彼氏に振り回されてるのツラいのに、嫌いになれない悔しいーっ。
「あーっ、亜嵐くん最高っ」
もう一話観てしまおうか。けど明日は朝イチで会議だしなあ。辞めておくか、とテレビを消したところに、ドアチャイムが鳴った。
え。まさか星嶋? 今頃来たの?
時刻は二十二時を過ぎている。訪問するには遅いんじゃないかな?
おれはぐずっと鼻を啜って、ドアを睨む。もう一度チャイムが鳴った。
ちょっと、おれ今ドラマ観て泣いちゃったのに。ティッシュで鼻を拭いて、目を擦る。チャイムが再び鳴った。
「あー、もうっ」
ピンポン、ピンポン、ピンポン。と連続でチャイムを鳴らされ、嫌々ながらドアを開ける。近所迷惑過ぎっ。
「ちょっと、静かにして」
「アンタがさっさと出れば――泣いて……?」
ぎょっとした顔で、星嶋が目を見開く。くそ、バレた。恥ずかしい。
「な、何でもない」
顔を背け、玄関先ではうるさいので中へ促す。
「何でもないって――……」
「何でもないんだよ。亜嵐くんがちょっと……って、興味ないよな、ゴメン」
危うく語り倒すところだった。本当に良いドラマだから、布教したい気持ちはやまやまだけど、オタクマシンガントークはドン引きモノだからね。黙っておくよ。
「……」
星嶋は黙って、舌打ちした。本当に怖いこの人。
「……腫れてんじゃん」
「ん」
瞼を触れられ、ぴくっと肩が震える。そんなに酷いかな。
「と、取り敢えず、座ったら」
「……ああ」
星嶋を促し、座らせる。まあ、座る場所なんてないから、ベッドの上だが。一応簡易的なキッチンはあるので、お茶くらい出せる。出すような雰囲気でもないけど。
「――」
二人とも無言で、気まずい時間が流れる。ようやく口を開いたら、今度はタイミングが被った。
「あの、指輪――」
「おい、あの指輪」
お互いに押し黙り、噛み合った視線を絡め合う。瞳を覗き込めば、思っていたほど怒っていなくて、その事に少しホッとした。
「お前、なんで指輪に執着してんの」
先に聞いてきたのは、星嶋だった。視線が、左の薬指をさまよい、目をそらす。星嶋は指輪を見たくないようだった。
「――貰え、ないから」
自分で言った言葉は、思ったよりも鋭くて、ずくんと胸を突き刺した。
そうだよ。おれは、指輪を貰えない。
一生、誰からも貰えないんだ。
それは、誰からも愛されないことの証明のようで、胸をぎゅっと締め付ける。
「お、おいっ?」
ポロリ、落ちた涙に星嶋が動揺する。どうしていいか解らないように手をさまよわせ、結局はおれの頬に触れた。
「なに、泣いてんだよ」
「だ、だって……」
星嶋の手は、暖かかった。思いがけず優しい手付きに、胸がじんと熱くなる。
「おれっ……、ゲイだしっ、誰にもっ……」
「上遠野……」
「好きになんか、なって貰えな――」
だから、指輪を貰うことはない。指輪はおれの憧れで、美しいものだ。だが、一生縁のないものでもある。
胸の内を吐き出したような言葉を、最後まで吐ききることはなかった。
星嶋が、その先を飲み込んでくれたから。
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