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13 テーブルの下で
星嶋を何とか巻いたつもりだったが、結局は食堂で一緒になった。朝食の列に並ぶおれの後ろに、星嶋が張り付く。チラと見上げると目が合ったが、星嶋は今度は何も言わなかった。あまり人前で騒ぎたくないのだろう。それには同意だ。
トレイを持ってパンとヨーグルト、ベーコンエッグを手に会計に向かう。星嶋は和食にしたようで、ご飯にみそ汁、卵焼きに納豆。それに焼き鮭というスタイルだ。お互い、野菜が足りていない。サラダもあるにはあるのだが、朝からはあまり気乗りしないのだ。栄養士さんに言ったら怒られそう。
会計を済ませ席に向かおうとしたちょうどその時、横から「あ」と声がした。思わず星嶋を見上げる。
「あー……」
反応で、社員証を忘れたのだと気づく。そういえば昨日はおれの部屋に泊ってしまって、そのまま部屋に戻っていない。自分の部屋に置いてきたのだろう。我が社員寮の食堂は、社員証に埋め込まれたマイクロチップを読み込んで決済する、電子決済だ。給与から差し引かれる仕組みである。
落胆して部屋に取りに戻ろうとする星嶋の横から、手を伸ばして社員証をかざした。
「え?」
「仕方がないから、奢ってやる」
「――そりゃ、どうも……」
今から部屋に戻るのも面倒だろうし、後ろには人が並んでいる。この方がスマートなはずだ。別に恩を売ろうというつもりもない。選んでいるメニューを見れば、大した金額でもない。
それだけ言って席を探すと、ちょうど開いている席が二つあった。一瞬のためらいはあったが、二人ともごく自然に向かいの席に座った。
普段、知っている人間と食事をとるという経験が乏しいおれは、向かいに座る星嶋の何処に視線を向けていいかが解らない。少し怪しい箸遣いで白飯を口に運ぶのを眺めながらテーブルロールにマーガリンを塗る。
「それ」
星嶋が箸の先でおれの手元を指した。
「足りんの?」
テーブルロール二つが載った皿に、量が十分でないと思ったらしい。おれ的には十分だ。一般的な感覚は解らない。
「まあ、十分じゃない」
「俺はパンなら十個でも足りる自信がねえな」
言いながら星嶋は一口で茶碗半分くらいご飯を食べてしまった。良く食べるひとなのだ。
(なんか、変な感じ)
星嶋と普通にご飯を食べているのが不思議だ。ついさっきまで、指輪を返せとうるさかったのに、今は何も言ってこない。周囲の視線を気にしているからだろう。
もそもそとパンを齧りながら、おれは星嶋の手元ばかり見てしまう。ゴツゴツして、男らしい手だ。あの手に触れられたのだと思うと、信じられない。あの指は、おれを気持ちよくさせる。
ふと、「イチャついた朝に二人で朝食を食べる」まで星嶋と一緒にやっていることに気づき、愕然とする。本当に、なんでいつもおれがやりたかったことをやっちゃうんだ!
(ムカつく!)
本当に、腹立たしい。さりげなくテーブルの下でつま先を星嶋にぶつける。さすがに蹴る勇気はなかった。
「――」
つん、とつま先をつついたおれに、星嶋が顔を上げる。何か言いたげな顔をしたが、少しだけ赤い顔でそっぽを向いてしまった。
なんだよ。
それからは無言で、お互いなんとなく意識しながら食事を終える。おかげで、終わったタイミングも殆ど一緒だった。
「それじゃ」
と言い捨て、逃げるように背を向けたおれの手を、星嶋が掴む。
「なっ、なんだよ」
周囲に人がいるのに。他の寮生はあまりおれたちの様子を気にしていなかったが、立ち止まったおれたちに気が付いて視線を送るものもいた。なんとなく、居心地が悪い。
「例の件、今度こそちゃんとしてもらうからな。仕事終わったら部屋行くから、逃げるなよ」
「――ええ……」
嫌そうに顔を顰めるおれに、星嶋は人差し指でおれを指し、そのまま鼻を突っついた。
「なんっ」
「逃げるなよ」
念を押すようにそう言われ、おれはガックリと肩を落とした。
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