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19 全てを月のせいにして

 会話が弾んだせいもあり、店を出るころには良い時間になっていた。とはいえ、早めの夕飯を取ったので寮に帰っても十分、風呂の時間に間に合うだろう。今日は一日、星嶋と出掛けた形になってしまった。 「美味しかったー」 「だな。デザートまで頼んだから、腹パンパン」 「だね」  しっかり休んで足の痛みも引いたし、腹ごなしの散歩ついでの帰路だ。帰り道もずっと一緒というのは心強い。夜道は薄暗く、人の気配がないから少し寂しい。 (今日は充実してたな)  ライブやイベント以外で、充実してたのなんていつぶりだろうか。もしかしたら無いかもしれない。星嶋はおれの性癖を知っているから気を張る必要もないし、最初にさんざん言い合ったおかげで、今更取り繕う必要もなかった。 「今日はありがとうね、楽しかったし、買い物も出来たし」 「――別に、礼を言われるようなことじゃねえ。俺も買うもんあったし」  星嶋も目当てのスニーカーと、服を買ったようだ。 「言いたかったから良いのっ」 「変な奴」  どうせ、変なヤツですよ。そう思って見上げた星嶋は笑っていて、心臓がドクンと跳ねた。 (――)  反則だ。そんな風に笑うなんて。モヤモヤも全部吹き飛ばすような、太陽みたいな明るい笑顔は、亜嵐くんだけだったはずなのに。  思わず目を逸らし、俯いたおれに、星嶋が「ん?」とこちらを向く。 「どうした?」 「な、なんでもない」 「は?」  眉を寄せ、星嶋がおれの顔を覗き込む。今、目を合わせたら、ダメな気がした。 「何でもないって」 「嘘つけ。何だよ急に」  腕を掴まれ、引き留められる。顔を露骨に逸らしたおれに、星嶋は顔を掴んで上を向かせた。  街灯の明かりに照らされ、頬が白く光る。星嶋の背に、月が見えた。 「あ――」  月が。  雲に、隠れる。  一瞬の暗闇に、どちらが触れたのか。柔らかな感触を唇に感じて、戸惑いよりも歓喜している自分の感情に戸惑った。  ふっと触れるだけのキスをして、星嶋の顔が離れる。「どうして?」という瞳の問いに、星嶋が目元を赤くして俺を見る。欲望に濡れた色をしていた。 「して欲しそうな顔してた」 「そっちだろ」  人のせいにされ、反論する。ムッとする唇を、もう一度意図的に塞がれた。抵抗する理由も意味も見いだせず、唇を薄く開いて舌を受け入れる。手にしていた荷物を放り出し、星嶋の首にしがみ付いた。  ぬるぬると舌が絡み付く。どうしてキスってやつはこんなに気持ち良いんだろう。 「んっ、はっ……」  キスの合間に息をすることも覚え、悪戯に噛みつく唇を逆に噛んでやることも覚えた。上唇を舐められ、ゾクゾクしながら背中にしがみつく。足から力が抜けそうなのを見抜いたのか、星嶋の腕が腰を支えた。 「っ、んっ……」 「っ、……は、どうする?」  唾液の糸を引きながら、唇が離れる。触れるほどの距離で、星嶋が甘く囁いた。 「どうする、って?」 「俺に言わせんのか」  焦らされたような顔で、星嶋はもう一度強く唇を吸った。 「んぅ、ん」  唇を離し、ハァと荒い息を吐く。 「……このまま帰んの?」  このまま帰らなかったら、どうなると言うんだろう。 「……おれの部屋に来る?」  なんとなく、誘われている気はする。そう思い、答えると、星嶋は目元を赤くして唇を結んだ。 「……それでも良いけど。待てねぇよ」  腰を押し付けられ、ビクッと肩を震わせた。星嶋は既に興奮しているようだった。 「っ……」  カァと顔を赤くするおれの耳に、星嶋が囁く。 「外ですんの、嫌?」  そ、そそそそそ、外ぉっ!? 「えっ!?」  真っ赤になって星嶋を見上げる。  外って、外って……。  ごくん、喉が鳴る。  それは、人目も憚らず屋外でいたそうというヤツですかっ? そ、そんなエッチな本みたいな。 「嫌というか、そういうわけじゃ……」  あわわ。彼氏としたいことリストに、さすがに屋外プレイは入ってなかったけど、星嶋はそれを越えるというのか。うわあ、どうしよう。怖いけど、怖いんだけど。  どくんどくん、心臓が鳴る。  星嶋がおれの身体を引き寄せ、地面に落とした荷物を拾った。 「ん、じゃ行こ。近くにホテルあるから」 「緊張――、ホテル?」  腕を引っ張られ、星嶋が歩き出すのに着いていく。  ホテル。ああ、ホテルか。  外って、『寮の外』ね。 (紛らわしいっ!)  くそ。口に出さないで良かった。恥ずかしい。よく考えれば当たり前だ。おれのバカ。 (……こんなこと考えちゃうなんて……)  おれって、本当に淫乱なのかしら。

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