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18 引き続き、お買い物中

 あちこち歩き回ったら、すっかり疲れてしまった。店内の椅子に腰かけて休んでいると、星嶋がペットボトルのお茶を差し出してくれる。 「ありがと。久し振りに買い物来たから、疲れた~。まあ、楽しかったけど」 「アンタ、運動不足だな。飯には早いけど、どうする? 寮に帰っても飯ないだろ」 「あー、そうねえ」  土日、祝日などの会社休日は寮のご飯もお休みになる。おれは自炊はほぼしないので、大抵は弁当を買ってくるかカップラーメンで済ませている。だが、星嶋がこういうのだから、外で食べて行こうというお誘いだろう。そんなの、最高じゃないか。一人でどこかに入るなんて緊張して出来ないから(やれるのはコラボカフェに行くとか、ライブ帰りとかだけだ)普段は一人で外食なんかしない。会社の飲み会くらいである。 「どこか知ってる? おれあんまり知らないから」 「ん。何食いたい? 肉とか魚とか……パスタとかラーメンとか」 「んんんっ、パスタ! パスタが良い!」  寮でもたまにメニューに出るけど、本当にたまにだ。おれは結構パスタとか好きなんだけど、自分で作る時はレトルトなんだよね。ファミレスのパスタでもこの際構わない。 「好きなの?」 「大好き。三食パスタでも良い」  いや、やっぱり三食は嫌かも。ご飯もパンも好きなんだよ。 「はは。じゃ、あそこにするか。歩けそう?」 「うん」  少し休んだから、脚もだいぶ楽になった。頷いて立ち上がり、荷物を持とうとすると、星嶋が先に荷物を手に持ってしまった。 「星嶋、良いよっ……」 「足痛てーんだろ」 「……っ、あ、ありがと」  うわあ、星嶋ってば。本当にいつも完璧だな、お前! そんでもって、また「彼氏がかわりに荷物を持ってくれる」まで奪っていくのな!  先日までだったら、また初めてを奪われてムカつくところなのに、今はそれだけじゃない複雑な感情が胸をざわざわと締め付ける。嫌だけど、嫌じゃない。少しだけ、星嶋で良かったとさえ思ってしまう。 (くそ、ダメなのに)  星嶋の広い背中を見つめながら、おれは唇をぎゅっと結んだ。  ◆   ◆   ◆ (こんなオシャレな場所と思わなかった……っ!)  てっきり、チェーン店的なパスタ屋に行くのかと思ったのに、星嶋が連れて来たのはこじんまりとしたお洒落なイタリアンレストランだった。黒板にチョークで書かれたメニューは、イタリア語と日本語を併記してあって、お洒落な雰囲気と相まっている。厨房にはピザ窯もあるようで、遠目に炎がチラついているのが見えた。 「おっ、オシャレな店だなっ」 「ん? ああ、そうだな」  星嶋は何でもないことのように言う。きっと、来慣れているんだ。デートとかにも使うんだろう。 (指輪の彼女とも、来たんだろうか)  なんとなく想像して、モヤモヤした。二人でテーブルを囲んで、ワインを傾けたりしたんだろうか。他愛ない話をして笑い合って、愛を囁いたりしたんだろうか。それが幻だったと知った時、どんな気持ちだったのだろうか。星嶋のことは何も知らなかったのに、今では「同僚」以上に知っている気がする。 「パスタも良いけど、ここピザも美味いんだよな」 「そうなんだ。確かに、ちょっと気になる」  あのピザ窯だし、きっと美味しいに違いない。 「いくつか頼んで、シェアする?」 「う、うん」  良いな、そういうの。ちょっと憧れてたんだよね。一つのお皿を分け合ってさ、なんか仲良い感じするし――って、またやられた!  ハァ、とため息を吐いたおれに、注文を終えた星嶋が首を傾げる。 「なんだよ」 「別に……、ちょっと現実逃避してただけ」 「?」  どうして星嶋って、おれがやりたかったこと、やっちゃうんだろう。ハァ。おれの人生の経験値が低いのが問題なのかな。おれぐらいの年齢だったら、飽きるほど体験してないとおかしいのかも知れない。  しばらく雑談をしながら料理を待った。アルコールを入れるほどまだ親しくないから、互いにどこか距離感を探るように視線を絡ませ、他愛のない話をする。何処まで踏み込んで良いのか、どこまで踏み込ませていいのか、一線を越えないギリギリのラインを見極めるようにする会話は、どこか駆け引きのようでもある。話題は大抵職場の話で、傍から見れば同僚以外のなにものでもない。この店にいるどんな人も、おれと星嶋がセックスをしたことがあるなんて、想像も出来ないはずだ。  薄い生地のピザとパスタをシェアしながら「美味しい」と味の感想を伝えていると、不意に料理の写真を撮ったままテーブルの端に置きっぱなしにしてあったスマートフォンがピロンと通知を鳴らした。 「ん」  何だろうと、手に取って確認する。 「あ、亜嵐くん」  思わず呟いてしまい、唇を閉ざす。こんな場所で亜嵐くんの名前を出すなんて、油断しすぎだ。男のファンは珍しいので、あまり外では話さないようにしていたのに。通知は亜嵐くんがライブ配信を始めたという通知だった。家に居たなら絶対に生で見ていたが、アーカイブはよほどのことがない限りは残される。  スマートフォンの画面をオフにしてテーブルに置いたおれに、星嶋がチラリと視線をよこした。 「――良いの?」 「ん。後で良いかな。今は、星嶋と一緒だし」  外で観られないしねー。せっかくの料理も冷めてしまうし。  おれの返事に、星嶋は何故かまんざらでもない顔をして「ふぅん」と呟いた。

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