29 / 42

29 デート、です!

「さすがに頼みすぎだろ」 「あはは……。今回しか来られないからさ……」  荷物を抱えてカフェから出る。二人とも食べ過ぎて苦しい。最後の頃は芳が頑張ってくれたので、本当に助かった。  ちなみにコースターは一つだけレアが出たのだが、サインはジェイだった。あとで交換出来るかもしれないので、折れないように気をつけて収納してある。  他にも戦利品をたくさん抱えて、満足の行くコラボカフェ参戦だった。 「腹ごなしに歩こうぜ」 「そうね」  促されるままに、芳に着いていく。実を言うと、あまり東京に来ないので、おれは道が詳しくない。来るのはコラボイベントや、ライブくらいのものだ。芳は迷いなく歩いているので、多少は解るのだろう。もしかしたらデートで来ているのかも知れない。 「どうする? 何か買い物あるなら百貨店行っても良いし、渋谷とかそっち行っても良いけど」 「おれ、なんも解らないんだよね。芳が行きたいところ付き合うよ。午前中はおれの行きたいところだったし」 「なんだ。ここからノープランか?」 「えへ」  誤魔化し笑いすると、芳は呆れた顔でおれの荷物を代わりに持った。 「だいたい、大荷物過ぎなんだよ。デートすんのに邪魔じゃん」 「それは面目ない……ん、デート?」  後半の呟きは聞こえなかったのか、芳はスマートフォンを見ながら何かを検索している。 (デート、なのか。これって)  カァと顔が熱くなる。確かに、デートかもしれない。  初デートを芳としているのが、嫌じゃない。むしろ、嬉しい。以前だったら絶対に「また初めてを奪われた!」と嘆いていたのに。芳もおれとデートしているという自覚があって、一緒にいてくれる。それって、すごいことじゃないだろうか。  とたんにドキドキして、じっと芳の横顔を見てしまう。ああ、デートだと思ってたら、こんなに食べなかったのに。お腹がいっぱいで苦しいデートとか、完全にやらかしてる。 「ん? どうした?」  芳が視線に気づいて顔を上げる。 「う、ううん。食べ過ぎたな、って」 「はは。ま、来たかった店なんだろ」 「うん……」  芳の笑顔に、心臓が早鐘打つ。顔が熱くなっているの、バレないだろうか。 「新宿御苑にでも行くか。歩くには良いだろ」 「う、うんっ」  本当にデートなんだな。なんか、すごい照れるような、嬉しいような。  芳が荷物を持っていない方の手で、おれの手をさりげなく握った。普段、会社の近くじゃ絶対にこんなこと出来っこない。  思わず黙ってしまったおれに、芳が眉を寄せた。 「悠成?」 「あ、あのね」  胸が熱くなって、うまく言葉に出来ない。 「あのね、おれ……。こんな風に、デート出来るなんて、思ってなくて……」 「――」  社会においておれは、見えない人間だ。意識していない人には、存在すら認識して貰えないマイノリティ。ひっそりと隠れて生きるのは、自己防衛のためだけど、別に隠れたい訳じゃない。  受け入れてくれるなら、愛してくれるなら、おれはやっぱり、堂々としていたいんだろう。  今の日本は、少しはマシになったのかな。でも、まだまだ先は長い。おれたちはまだ、見えない側の人間だ。 「あのね」  ああ、おれは。  おれは、嬉しいんだろう。  芳がおれを、『デートの相手』として扱ってくれているのが。おれを、『デートの相手』に、選んでくれているのが。 「嬉しい、みたい。芳と、デート出来て」  芳が、繋いだ手をぎゅっと握った。 「……あんただけじゃねえ」 「え?」 「俺だって、嬉しいんだ。今日、俺を選んでくれて」 「――芳」  気恥ずかしさに、思わず見つめあって微笑む。甘酸っぱいような、ふわふわした感情に、浮かれて飛んでいきそうだ。 「なんか、おかしいよね。出会いは最悪だったのに」 「最初が最低だったんだ。あとは上がるだけだろ」 「確かに」  芳の好感度、上がるだけで下がりようがないもん。芳にとっても、そうだと良いな。 「でも芳って、結構最初っから100点満点だったけどね」 「そんなお世辞はいらねえよ」 「お世辞じゃないよ。動けなかったら抱き上げてくれるし、細かい気遣いしてくれるし、荷物絶対、持ってくれるし。……上手、だしね」 「っ、あのな」 「口は悪いけど」 「そりゃ、余計だ」  褒めていたのに落とされて、芳は少し不満そうだった。 「まぁまぁ、あんまり完璧だとね」 「は。そういうあんたは――」 「おれは?」  そう言えば、芳からの評価を聞いたことがない。 「……クールで冷たい一匹狼って噂だったのに、全然違うじゃねえか。ただのアホだ」 「ちょっとぉ!?」  なに、アホって。酷い。おれは褒めたのに。 「あんたのそう言うとこは、可愛く見える」  言って恥ずかしくなったのか、芳は視線を逸らした。思わず食いついてしまう。 「え? そう思ってたの? ねぇねぇ」 「うるせえっ」 「それでそれで? 他には?」 「……普段バカなのに、ベッドではエロくて、堪んない」 「バカぁ?」  バカって何よ。バカとかアホとか、本当に口が悪い。 (……堪んないって……)  恥ずかしさに、おれも目を逸らす。なんだよ、もう。 「ちょっと、恥ずかしいからって、暴言いわないで」 「悪い。……可愛いと、思ってんだ。あんたのこと。なんか一生懸命だし、思ってたより、クールなんかじゃなくて……」 「――そ、れは。ありがとう……」  うわあ、顔から火がでそう。心臓が爆発しそうなほど、ドクドクしてる。  散歩をしている間、互いに熱くて手が汗ばんでいたけれど、繋いだまま離さないでいた。

ともだちにシェアしよう!