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29 デート、です!
「さすがに頼みすぎだろ」
「あはは……。今回しか来られないからさ……」
荷物を抱えてカフェから出る。二人とも食べ過ぎて苦しい。最後の頃は芳が頑張ってくれたので、本当に助かった。
ちなみにコースターは一つだけレアが出たのだが、サインはジェイだった。あとで交換出来るかもしれないので、折れないように気をつけて収納してある。
他にも戦利品をたくさん抱えて、満足の行くコラボカフェ参戦だった。
「腹ごなしに歩こうぜ」
「そうね」
促されるままに、芳に着いていく。実を言うと、あまり東京に来ないので、おれは道が詳しくない。来るのはコラボイベントや、ライブくらいのものだ。芳は迷いなく歩いているので、多少は解るのだろう。もしかしたらデートで来ているのかも知れない。
「どうする? 何か買い物あるなら百貨店行っても良いし、渋谷とかそっち行っても良いけど」
「おれ、なんも解らないんだよね。芳が行きたいところ付き合うよ。午前中はおれの行きたいところだったし」
「なんだ。ここからノープランか?」
「えへ」
誤魔化し笑いすると、芳は呆れた顔でおれの荷物を代わりに持った。
「だいたい、大荷物過ぎなんだよ。デートすんのに邪魔じゃん」
「それは面目ない……ん、デート?」
後半の呟きは聞こえなかったのか、芳はスマートフォンを見ながら何かを検索している。
(デート、なのか。これって)
カァと顔が熱くなる。確かに、デートかもしれない。
初デートを芳としているのが、嫌じゃない。むしろ、嬉しい。以前だったら絶対に「また初めてを奪われた!」と嘆いていたのに。芳もおれとデートしているという自覚があって、一緒にいてくれる。それって、すごいことじゃないだろうか。
とたんにドキドキして、じっと芳の横顔を見てしまう。ああ、デートだと思ってたら、こんなに食べなかったのに。お腹がいっぱいで苦しいデートとか、完全にやらかしてる。
「ん? どうした?」
芳が視線に気づいて顔を上げる。
「う、ううん。食べ過ぎたな、って」
「はは。ま、来たかった店なんだろ」
「うん……」
芳の笑顔に、心臓が早鐘打つ。顔が熱くなっているの、バレないだろうか。
「新宿御苑にでも行くか。歩くには良いだろ」
「う、うんっ」
本当にデートなんだな。なんか、すごい照れるような、嬉しいような。
芳が荷物を持っていない方の手で、おれの手をさりげなく握った。普段、会社の近くじゃ絶対にこんなこと出来っこない。
思わず黙ってしまったおれに、芳が眉を寄せた。
「悠成?」
「あ、あのね」
胸が熱くなって、うまく言葉に出来ない。
「あのね、おれ……。こんな風に、デート出来るなんて、思ってなくて……」
「――」
社会においておれは、見えない人間だ。意識していない人には、存在すら認識して貰えないマイノリティ。ひっそりと隠れて生きるのは、自己防衛のためだけど、別に隠れたい訳じゃない。
受け入れてくれるなら、愛してくれるなら、おれはやっぱり、堂々としていたいんだろう。
今の日本は、少しはマシになったのかな。でも、まだまだ先は長い。おれたちはまだ、見えない側の人間だ。
「あのね」
ああ、おれは。
おれは、嬉しいんだろう。
芳がおれを、『デートの相手』として扱ってくれているのが。おれを、『デートの相手』に、選んでくれているのが。
「嬉しい、みたい。芳と、デート出来て」
芳が、繋いだ手をぎゅっと握った。
「……あんただけじゃねえ」
「え?」
「俺だって、嬉しいんだ。今日、俺を選んでくれて」
「――芳」
気恥ずかしさに、思わず見つめあって微笑む。甘酸っぱいような、ふわふわした感情に、浮かれて飛んでいきそうだ。
「なんか、おかしいよね。出会いは最悪だったのに」
「最初が最低だったんだ。あとは上がるだけだろ」
「確かに」
芳の好感度、上がるだけで下がりようがないもん。芳にとっても、そうだと良いな。
「でも芳って、結構最初っから100点満点だったけどね」
「そんなお世辞はいらねえよ」
「お世辞じゃないよ。動けなかったら抱き上げてくれるし、細かい気遣いしてくれるし、荷物絶対、持ってくれるし。……上手、だしね」
「っ、あのな」
「口は悪いけど」
「そりゃ、余計だ」
褒めていたのに落とされて、芳は少し不満そうだった。
「まぁまぁ、あんまり完璧だとね」
「は。そういうあんたは――」
「おれは?」
そう言えば、芳からの評価を聞いたことがない。
「……クールで冷たい一匹狼って噂だったのに、全然違うじゃねえか。ただのアホだ」
「ちょっとぉ!?」
なに、アホって。酷い。おれは褒めたのに。
「あんたのそう言うとこは、可愛く見える」
言って恥ずかしくなったのか、芳は視線を逸らした。思わず食いついてしまう。
「え? そう思ってたの? ねぇねぇ」
「うるせえっ」
「それでそれで? 他には?」
「……普段バカなのに、ベッドではエロくて、堪んない」
「バカぁ?」
バカって何よ。バカとかアホとか、本当に口が悪い。
(……堪んないって……)
恥ずかしさに、おれも目を逸らす。なんだよ、もう。
「ちょっと、恥ずかしいからって、暴言いわないで」
「悪い。……可愛いと、思ってんだ。あんたのこと。なんか一生懸命だし、思ってたより、クールなんかじゃなくて……」
「――そ、れは。ありがとう……」
うわあ、顔から火がでそう。心臓が爆発しそうなほど、ドクドクしてる。
散歩をしている間、互いに熱くて手が汗ばんでいたけれど、繋いだまま離さないでいた。
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