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36 良輔の相談
(次の映画デートは来月くらいかな~)
来月上映の映画にいくつか観たいものがあったから、来月はたくさんデートが出来そう。互いの部屋で逢うことは多いけど、やっぱり外デートは気分が変わって良いよね。レイトショーとかにしたら外泊とかもありかな。なーんて、イチャイチャすることも考えてしまうあたり、おれも毒されてるなぁ。
先日観た映画のパンフレットを眺めながら、ベッドの上でごろごろと過ごす。BGMはもちろん『ユムノス』だ。お風呂上りにまったりするこの時間が一番好きかも知れない。
「そうだ。服がないんだってば。デート用にちょっとオシャレな服を買うべき?」
芳に見立てて貰おうかな。前に一緒に買い物に行った時も楽しかったし。推し活以外で服を買う事なんて滅多にないから、ちょっと楽しみ。
独り言を言いながらごろごろしていると、不意にスマートフォンが鳴った。
「ん? 芳かな?」
メッセージを開くと、芳ではなく良輔さんだった。あれから番号を交換したものの、連絡が来たのは初めてのことだ。
「何だろ。珍しい」
『こんばんは。お時間ありましたらご連絡ください』
と事務的に書かれている。特に何をしていたわけでもないので、折り返しの電話を掛ける。
「もしもし、良輔さん?」
『あ、こんばんは。遅くにすみません』
「ううん。大丈夫だよ。どうしたの?」
『あー……。ちょっと、芳のことで相談が……』
「え? 芳のこと?」
『はい。電話じゃなんなので、談話室に来てもらっても良いですか?』
「う、うん。解ったよ」
そう言い、電話を切る。芳のこととは、いったいどうしたのだろうか。何かあったのだろうか。
少しだけ不安になりながら、おれは部屋を出た。
◆ ◆ ◆
時間が遅いせいか、談話室には他に人は居なかった。消灯まで三十分を切っている。良輔さんは既に待っていて、「そんなに長くならないので」と前置きをしてソファに腰かけた。おれも向かいの席に座る。ラウンジが既にしまっていたので、缶コーヒーだ。
「それで、どうしたの?」
「えっと、芳のことなんですけど――上遠野さん、最近芳と仲良いから」
「え」
その言葉に、ドキリとする。確かに、仲が良いのは事実だが、改めて言われるとギクリとする。
(もしかして、芳とのこと、バレた……とか?)
冷汗が背中を伝う。その話だったら、どうしようか。やましい気持ちしかないので、ソワソワして仕方がない。手汗を腿で拭いて、動揺を悟られないようにポーカーフェイスを意識する。
「一応同期連中にも聞こうと思ったんですけど、よく考えたら、相談を聞くような相手じゃないんで……」
「そうなの?」
「そうなんです……。マイペースなやつと、自分勝手なやつなんで……」
ハァと良輔さんが溜め息を吐く。思わずフッと笑ってしまった。
どうやら、おれのことではなさそうである。
良輔さんが言うには寮内に同期が、良輔さんを含めて四人いるらしい。一番仲が良いのが芳だそうだ。芳はあれで優しいところも、面倒見が良いところもあるから、解る気がする。
軽く緊張がほぐれたのか、良輔さんは改めて神妙な顔で口を開いた。
「えっと、上遠野さんは……聞いてます? 最近、芳が気になってるって相手」
「――なんだって?」
想定外の言葉に、思わず聞き返す。
芳が、気になってる相手!?
(え、待って、何)
思いもよらない発言に、視界がぐらぐらした。そんなの、聞いていないし、知らない。
(どういうこと。何の話)
一気にいろんな感情が吹き出して、頭がおかしくなりそうだった。だが、良輔さんの話が気になり過ぎて、気力で堪える。
「聞いてませんか? アイツ最近、新しく良い相手が出来たっぽいんですけど」
「……聞いてない、かな。多分」
嘘。聞いてない。なに、それ。知らない。
心臓がギュッと掴まれたみたいに痛くなる。何で。なに、それ。なにそれ、なにそれ。
「あー、そうでしたか。実はですね、ようやく前の子を吹っ切ったらしくて。最近新しい相手が出来たそうなんですよ」
「へ、へー……、へぇ……?」
缶コーヒーに手を伸ばし、平静を保つためにぐびっと一息で飲み込んだ。ぐっと缶を握りしめる。
おれ、知らないけど?
「その相手が――」
「相手がっ?」
思わず身を乗り出す。相手。なんて、一生聞きたくないと思ったのに、知りたくてたまらない。どこの、どいつ。どんな女なの。
「なんか――彼氏、いるっぽくて」
「――はぁ?」
なに、それ。相手が居る子を、好きになったの? なに、それ。
(じゃあ、フラれちゃう、じゃん)
そう思った瞬間、少しだけ気分が浮上してしまって、罪悪感にチクりと胸が痛む。
(あ――、今、おれ)
フラれろ。って、思ってしまった。
なんて、最低。
けど。
(フラれろっ! 彼氏持ちの女にちょっかい出すなっ!)
思わず、全力で願ってしまう。
良輔さんが話を続ける。
「とはいえ、遠距離恋愛なうえ、貢いでるらしいんですよね。芳に対しても脈はあるっぽくて、押してるらしいんですけど……」
「そんな、浮気女……」
ボソッと呟いてしまった声に、良輔さんは目を瞬きさせながら「そうなんです」と苦笑いする。浮気女も最低だけど、その彼氏という男も貢がせてるなんて最低だ。なんてことだ。その上、芳に脈ありってなに!?
「芳も良くないんですけど……。また、遊ばれてるかもって、ちょっと思って……」
芳は前の彼女にも二股を掛けられていた。今回の相手にも、二股を掛けられているということだ。良輔さんは純粋に芳を心配しているようで、捨て犬みたいに困った顔をしている。
(なんだその女! 最低。最悪! 本物のビッチじゃん!)
ひとしきり鼻息荒く怒る。ムカつく。おれ、知らない間に。
(酷い……。おれ、は、どうなるの……?)
胸がきゅーっと、音を立てて締め付けられた。眦が熱くなって、涙がひとりでに零れ落ちる。
「え? 上遠野さん?」
「あ」
気づいたら瞳から、とめどなく涙が零れ落ちる。慌てて袖で拭くが涙は溢れて止まらない。一度泣いてしまったら堰を切るにあふれ出して、同時に閉じ込めていた感情が一気に膨れ上がった。
嫌だ。どうして。
「なんでぇ……?」
ひっくとしゃくりあげ、顔がぐしゃぐしゃになる。
なんで、おれじゃないの? おれだって、おれだって。
(芳が、好きなのに)
芳が、好きなのに。
どうして、芳が好きなのはおれじゃないんだろう。おれは、こんなに好きなのに。こんなに、好きになっちゃったのに。ズルい。酷い。
「上遠野さん? えっ、どうし……」
突然泣き出したおれに、良輔さんが戸惑うのが解る。けど、誤魔化すことばは何も出なかった。
「うっ、う、う……」
芳が、好きだ。好きになっちゃった。どうしよう。どうしてくれる。
なんでこんなタイミングで、芳が好きになったって気づいちゃったんだ。本当、最悪。
おれの初めて、全部奪って、逃げるなんて。
初めてのキスも、初めてのエッチも、初めてのデートも。
おれの、初恋も。
全部、芳が、奪ってしまった。
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