42 / 42

42 二人はかみ合ってる

「ん……」  瞼にキスをされ、気怠い腕を芳に回した。何度か抱き合ってそのままベッドに横になっていたら、いつの間にかうたた寝していたらしい。周囲はまだ薄暗いので、眠ったのは一瞬のようだ。 「起こした?」 「ううん。でもさすがに、シャワー行くのは面倒かな……」 「明日の朝、一緒に行こう」  額にキスされ、頷いて芳に抱き着く。こうして肌を合わせているだけで気持ちいい。 「悠成」 「ん?」  芳が暗がりの中何かを探る。脱ぎ捨てたズボンから何か取り出したようだ。そのままおれの手を取り、左の薬指に何かを嵌めた。 「え?」  ドクンと、心臓が鳴る。  芳が明かりの代わりに、枕元にあったスマートフォンをかざした。ボンヤリとした光の中に、キラリと銀色の指輪が光っていた。 「――え?」  じわり、涙が滲みながら、もう一度聞き返す。信じがたい気持ちで、けど、芳の気持ちは嘘じゃなくて。 「どうしても、形にしたくて」 「――っ」  銀色の指輪はおれの指にぴったりで、途中で引っ掛かることもなく指に綺麗に収まっていた。シンプルな銀の台座に、よく見るとほんのちいさな青色の石が付いている。多分、サファイアだ。おれの、誕生石。  おれにとって、一生縁がないものと思っていた指輪。けど、思い入れは人一倍あって、すごく憧れていた指輪が、今おれの指に嵌っている。 「よ、芳っ……、お、おれ……」 「ん」 「う、嬉しいっ……こんなんじゃ、言い表せないくらい、嬉しくてっ……」 「うん」  芳が蕩けるような笑みを向ける。  ああ、もう。本当に。  完璧なんだから。 「芳ってば、いっつも、おれがしたいこと、して欲しいこと、してくれる」 「ンなことねぇけどよ。俺は――俺が、やりたいこと、やってるだけだし」  照れくさそうにそういう芳に、おれは笑いながら芳の唇にちゅっと触れた。お返しにとばかりに、芳からもちゅっとキスが降る。 「それじゃ、案外おれたち、気が合ってたのかな?」 「かみ合わないと思ってたんだけどな」 「ふふ。最初から、ぴったり過ぎたのかもよ?」 「そうかもな。いや。そうだな」  布団の中で手を繋いで、額をこすり合わせる。目を見つめて、もう一度キスをした。 「芳にも、おれから指輪をあげたら……着けてくれる?」 「勿論。一緒に、買いに行こうか」 「うんっ」  指輪をくれた上に、一緒に着けてくれるとか。本当に、おれがしたいこと、全部やっちゃうんだから。芳ってば、本当に最高の『彼氏』だな。 「あ、そう言えば、もしかして……その、亜嵐くんのこと、もう追いかけない方が良い……?」 「あ――ガチ恋じゃ、ねぇんだろ?」 「うん。好きなのは……芳だけ、だよ」 「じゃあ、良いよ。キューピットみてぇなもんだったしな」 「あはは。亜嵐くんがキューピットとか、最高すぎ」  どうせなら芳にも、亜嵐くんを好きになって貰いたいな。芳が好きそうな楽曲も結構あるし、案外気に入っちゃうかもしれないじゃない? 「そう言えば、良輔さんの誤解、どうするの?」  顔を上げ、問いかける。そう言えば良輔さん、芳が好きなのは彼氏に貢いでる二股女子だと思ってる。それがおれだとか、全然意味わからないんだけど。本当にややこしいことになった。 「ああ……。まあ。放っておきゃ良いだろ」 「芳の心配してたのに」 「まあ、そうか……」  チラリ、芳が窺うようにおれを見る。 「そのうち、紹介しても大丈夫?」 「っ、りょ、良輔さんに?」 「すぐじゃねぇ。ずっと先。友達に紹介出来ない恋人ってわけじゃねえから」 「……良いの?」 「おう。まあ、まずは『彼氏もいなかったし貢いでもなかった』って、誤解は解いておく」 「そうして……」  芳はそう言いながら、少しだけ恥ずかしそうだった。良輔さんに誤解を解くときも、きっと恥ずかしい思いをするんだろうな。そう思うと、少し可哀そう。面白いけど。 「しばらくは、秘密の恋人ってことでも、良い?」  芳が嫌なわけじゃないし、本当は言いふらしたい気持ちがあるくらいだけど、やっぱり他人の目は怖い。ずっとクローゼットで生きて来たんだもの。 「ああ。寮内で恋愛とか、怒られるかも知れないしな」 「確かに」  寮内で結構、エッチしちゃってるしな。多分、恋人ってバレたら、色々詮索されちゃうし。 「じゃあ、しばらくは、二人だけの秘密ってことで」  そう言って、おれは芳の小指に自分の小指を絡めた。指を絡め合い、ようやく実感する。 (――芳は、寮を出た後も、一緒にいようと思ってくれてる……ってこと、だよね)  じわり、熱いものがこみ上げる。  運命みたいに引き合っていたのに、うまく回っていなかった歯車が、ぴったりとかみ合ったようだ。芳はきっと、この先もずっとおれと一緒に居てくれる。そう、確信できた気がした。  この先、何年後も。多分、芳とおれは二人並んで歩いているんだろう。その指には、銀色の指輪がキラリと光っているに違いない。  ――二人は、運命みたいにぴったりと、かみ合ってる。

ともだちにシェアしよう!