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柘榴 20

「お前、何をして……っ」 キッと側仕えのことを睨んだが、噤んでしまった。 側仕えが袖口を顔を覆うようにして、すすり泣いていたからだ。 あっちが先によく分からないことをしてきたくせに、こっちが悪いことをしたみたいじゃないか。 「お前、本当にどうしたんだ」 普段では見たことのない、本当の女性のようにお淑やかな姿に狼狽えてしまった。 「……私が、旦那様のお望みのままにしないから、怒っているのでしょう……? どうしたら旦那様は、機嫌を直してくださいますの?」 旦那様。 さっきから誰と間違えているのか、眞ノ助をそう呼ぶ。 あの幽霊屋敷で、幻とも幽霊とも思えるあの女性にもそのように呼ばれ、淫行に及んだ。 やはりあの女性は。 いや、だが何故。 「何故、僕のことをそう呼ぶんだ」 「ごめんなさい……」 「……っ! 話を聞けっ!」 痺れを切らし、ガッと顔を覆っていた手を掴む。 肩を震わせ、怯えているような、泣き腫らした顔と合った。 加虐心なのか、その泣いた顔さえ美しくも思えたのと同時に、めちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られる。 「旦那様……」 「誰と間違えているのか知らないが、僕は旦那様じゃない!」 「申し訳ございません……」 「さっきのやつらにそう呼ぶように言われたのか? 寂柳、いい加減目を覚ませ!」 「私……は……」 顔を下げてしまい、表情が窺え知れない。だが、一筋、頬に伝った涙で物語らせる。 と、ふっと再び顔を上げた。 「私は、寂柳などではございません。……柘榴とお呼びを」 目を瞠る。 何故、それが出てくる。『寂柳蓮』という名が本当の名ではないと言っていた。じゃあ、『柘榴』という名が本当の名というのか。 ふっと、側仕えがあの幽霊屋敷を『華楼(はなろう)』と呼んでいたあの建物で、伊東が見つけた花柄の着物のことを思い出す。あれは菊であったが、菊という部屋名があったように、そして、誘われるように入って行った部屋の扉が柘榴が彫られていたことから、寂柳は『柘榴』として、あのような行為を仕事として働いていたということなのか。

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