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第37話

 葬儀会場を出てから、唯斗と隆輔は互いに無言のままただ肩を並べ歩いた。  いつのまにか差しかかっていた坂道は合宿の1週間前、夏期講習の帰りに2人で歩いた道だと気付いた。  あのとき隆輔に、合宿のとき話したいことがあると言われ、それが想いの告白だろうとどこかでわかっていながら、聞く前から拒否することを決めていた。  でも、今は違う。  大切なものは手放さない。  この先どんな困難が待ち受けていようとも、手放してはいけない。  手放したらきっと、後悔する。  そのことに、あの世界で唯斗は気付いた。  世間的な非難や誤った罪意識に邪魔され、目を曇らされて大事なものを見失い、隆輔を失ったら自分は一生悔むことになるだろうと。  極限状況で問われる人間の真価。その言葉の中の嘘のない真実。  どんなことがあっても唯斗を守ると宣言した隆輔はそれを実行し、気持ちを証明してくれた。その想いに応えたい。  2人ともまだ十代だ。同性であることを置いても、人生のパートナーを決めてしまうのは時期尚早だと人は言うかもしれない。  それでも、唯斗にはわかってしまった。  この先何十年生きていても、隆輔ほど自分を想ってくれる人間は現れない。そして唯斗自身が、共に命を捨ててもいいと思える人間も。  これからの長い人生どんな障害が立ち塞がっているのかわからないが、彼のことなら信じられる。 信じ続けて、想いを通わせながら生きて行きたい。  いつか必ずやってくる、永遠の別れのそのときまで。 「リュウ」  人気のない遊歩道、唯斗は足を止め隆輔を見上げる。  隆輔も止まり唯斗を見返した。 「俺は、あの世界で体験したことを、絶対無駄にしたくない」  昨日、一昨日と合宿中は2人だけになる機会がなく、例の世界の話をするのは戻って来てからこれが初めてだった。  唯斗の力強い一言に、隆輔の瞳が見開かれる。 「たった3日の間にいろんなことがあったよな。怖い思いやつらい思いもしたけど、全部あってよかったって、俺は今思ってる。どんなに今のこの平和な時間が大切かってわかったし、それに、いろんな意味でもっと強くなりたいと思った。おまえに守ってもらうだけじゃなくて、俺も守りたいって」 「ユイ……」    隆輔は眩しそうに目を細めると、視線を唯斗から逸らした。 「それは、俺も同じだ。あそこじゃ、全然満足におまえを守れなかった。まだまだだ。これからもおまえのそばにいていいのかどうか、正直自信がなくなった」 「いろよ」  もう、ためらわずに腕を取った。  以前は互いの想いを意識するからこそ、ことさら肉体的な接触を避けてきた。それが今は、本当に馬鹿げたことだったと思えてくる。 「そばにいてくれ」  繰り返す唯斗を、隆輔のまだどこか迷いの残る瞳が見返す。 「リュウ、最後の、あの夜のこと、覚えてるよな?」  抱き合って、一つになった。  全身の細胞が溶け合って、二度と離れたくないと感じた。 「当たり前だ。もう二度となくても、一生忘れない」 「バカ、二度となくていいのかよ」  唯斗は笑った。  久しぶりに見せた笑顔に、隆輔は目を瞠る。 「樫村が最後に言ってたんだ。大切なものなら諦めちゃダメだって。俺はずっと、おまえとのことから逃げて来た。飛び込んで行くのが怖かったから。でも、今は諦めたくない」 「ユイ……」  隆輔は困惑した様子で首を振る。 「ここは、あの世界じゃないぞ。戻って来た元の世界だ。それをわかって言ってるのか?」 「もちろんわかってる。俺決めたんだ、強くなるって。誰が何と言おうと大事なものは大事だって、はっきりと言えるくらい」  見開かれた相手の瞳に、迷いのない自分の顔が映る。 「あの夜言えなかったから、今ちゃんと言うよ。俺も好きだ。もうずいぶん前から、誰よりも、リュウのことが大好きだよ」  隆輔は何かに耐えるように一瞬男らしい眉を寄せた。  次の瞬間には唯斗は抱き寄せられ、その胸の中にいた。周囲に人はいなかったが、もう誰に見られても構わないと思った。  恥じることも恐れることも何もない。  ただ自分の気持ちを大切にし、胸を張って、正直に生きていきたい。 「信じられない……奇跡じゃないのか?」  隆輔の声は普段の冷静な彼らしくなく、溢れる喜びに震えていた。 「想いが強ければ、奇跡なんかいつだって起こせるんだ。そんなこと俺達、今はよく知ってるだろ?」 「ああ、そうだ。本当にそうだな」  振り仰いだ瞳を一瞬閉じると、神聖な契約の証のようにキスが降りてくる。  少しだけ触れて離れる唇。  目を開けたら視界一杯に、何よりも大切なものが見たこともないほど幸せそうに笑っていた。  もう彼も、一人ではない。  背中に回した手に持った紙袋の中のスケッチブックが、祝福するようにカサリと音を立てた。 ☆ END ☆

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