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第36話
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亡くなった当人の年齢のわりには参列者の少ない、こじんまりした葬儀だった。顔ぶれを見ると来ているのは教師やクラスメイト、なじみのない連中は電脳部員達だろうか。
あまりにも早い別れではあったが、長い入院の前提もあり皆覚悟ができていたからなのか、激しく悲しみ泣きじゃくっているような者はいなかった。
そんな中でたった一人、しきりと涙をぬぐっていたのは、なんだかどうも気になってしょうがないからと同行して来た哲也だった。
遺影を見たら急に涙がこみ上げてきたらしく、知らないはずの人間の死になぜそうも泣けるのか彼自身わからないといった感じで、止まらない涙に困惑しきっていた。
すっかり沈み込んでしまった哲也のことを、一緒の方向だから送って行くという和彦にまかせ、別れる。
焼香をすませ会場を出て行きかけた唯斗と隆輔は、優しげな顔立ちの中年女性に呼び止められた。
「あのっ……」
遺族席で白いハンカチを目に押し当てていた人だ。遺影とよく似た面差しには見覚えがあった。
おそらく樫村の母親だ。
彼女は声をかけ呼び止めたはいいが何を言っていいのかわからない様子で、泣きはらした目を不自然なほどじっと唯斗の顔に向けてくる。
唯斗は軽く頭を下げた。
「ちょっと、ここで待っていて」
樫村の母は忙しげにそれだけ言うと会場の方に駆けて行く。
1分もしないうちに、紙袋片手に2人の元に戻って来た。
「祐二の病室の引き出しにこれが揃えて入っていました。多分、あなたにだと思うの」
唯斗は紙袋を受け取り、中を覗いた。
入っていたのは青い表紙のスケッチブックと、ブランドショップのロゴの入った袋。唯斗の姿を描いた作品の数々と、弁償したいと言っていたあのときのシャツだ。
ずっと我慢していた熱いものがこみ上げてきて、思わず拳を握った。
泣くまいと顔を上げると、霞んだ瞳に樫村とよく似た女性の優しい微笑が映った。
樫村本人が微笑んでくれているようだった。
「お2人とも、あの子の学校のお友達ですか?」
「はい」
2人が同時に答えると樫村の母は目を細め
「そう」
と、嬉しそうに何度も頷いた。
「お母さん、葬儀屋さんが呼んでる!」
どことなく目元のあたりが樫村に似ている、すっきりした顔立ちの少年が駆けて来た。母は2人に頭を下げ、名残惜しげに何度も振り返りながら会場の方に戻って行く。
その場に残った少年は唯斗と隆輔を眩しげに見上げ、緊張した面持ちで体育会特有のキビキビしたお辞儀をする。顔の作りは樫村と似ていても、自信に満ちた強い瞳と表情は似ても似つかない。
「東高の瀬名さんと関本さんですよね?」
そういえば弟は南高のサッカー部だと樫村が言っていた。
インターハイの地区予選でベスト4まで行った唯斗と隆輔の顔は、他の学校にもそこそこ売れているのだろう。
「君が樫村の弟?」
「はい、英二っていいます。え、いやあの、なんで……」
弟はすっかり動転しているようで、憧れのスター選手でも仰ぎ見るような眼差しで2人を交互に見上げる
「な、なんでですか? ていうか、アニキとどういう知り合いで……」
「友達だよ」
すんなりと返す唯斗を、弟は呆然と見つめ返す。
「まさか……ウソでしょ?」
「ウソじゃない。君の兄貴が絵がすごくうまいこともよく知ってる」
「料理もな。相当な腕だった。時間があれば教えてほしかったぞ」
唯斗と隆輔の言葉に、英二は理解がついていかないのか言葉も出ない。
会場の方から親族が彼を呼ぶ声がする。唯斗は立ち尽くしている弟の肩を優しく叩き、隆輔と共に踵を返す。
数歩行きかけ振り返り、まだぼんやりと2人を見送っている彼に伝える。
「英二、祐二は君のことがとても好きだったよ」
そしてもうそれ以上後ろを見ずに、会場を後にする。
唯斗達の知っている樫村はあそこにはいない。今は2人の胸の中に、大切な思い出となって眠っている。
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