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第4話
夏の夜の匂いがする。
ギラギラと眩いくらいに明るい昼間と打って変わって、穏やかな暗闇に包まれた道を歩きながら、そっと夜の空気を吸い込む。四季の夜の中で、夏の夜の空気が一番、しっとりとして人に優しい気がする。
八月ももう終わろうとしていた。
あんなに煩かったセミたちも、いつの間にかいなくなりつつある。シンとした静けさの中に、俺が歩く音だけが響いていた。
夏が終わる。あれだけ暑苦しく不快でしかないと思っていた季節が、不思議と今は嫌ではなかった。
家に着いて、ガチャリと玄関のドアを開ける。電気も付けないまま、どさりとベッドに倒れ込んだ。
ぼんやりと見上げた薄暗い視界の中に、ただの置物と化したエアコンの白さが浮かび上がる。
明日のエアコン取り付け工事をキャンセルしに行った時、前に接客してくれた店員の女性はひどく驚いていた。九月に入ってもしばらくは暑いですし、キャンセル料も発生するのにいいんですか、と何度も聞かれた。そのたび、もういいんです、と答えると、何とも言えない顔をしていた。
店を出る間際、『本当に大丈夫ですか?』と真剣な顔で俺に一言聞いてきた彼女は、実は結構お人よしな性格なのだろう。
ごろり、と寝返りを打つ。自分の呼吸音以外の音がない、静かな部屋。
整然と並べられた、机と椅子。
部屋の隅のテレビ。
服の掛けられたラック。
小さなシンクと冷蔵庫。
自分の部屋と、その家具。
薄いカーテンで遮られた暗闇の中だからだろうか。その色が何色だったか、いつからそこにあったのか、よく思い出せなかった。
――
ぐちゅ、ぐちゅ、と耳障りな水音が鼓膜を犯す。それが、男の熱い舌が差し込まれた自分の耳が拾う音なのか、男の二本の指が根本まで埋め込まれた自分の後孔が立てる音なのか、もう随分前からわからなくなっている。
「ちゃんとお尻の孔開いて偉いね。ご褒美、いっぱいあげないと」
どろどろに甘い声を唾液と一緒に耳奥に流し込まれて、大きく脚を開いて仰向けに寝かされた身体がビクビクと勝手に震える。
くすくすと笑いながら、優しく頬を撫でられて、それだけで身体が勝手に弛緩する。その隙に、蕩けきった後孔にもう一本指が入り込んで、喉から情けない喘ぎ声が漏れた。
「んぁ……っあ、あ、ぁあ……」
「ナカ、もう締め付けてる。待ちきれないんだ?」
ナカでぐるりと指を回して、わざとくちゅくちゅ、と音を立てられる。羞恥心に震えながらも無意識にその指を食い絞めてしまうと、男がまた笑った。
「素直でいいね。偉い、偉い。素直な良い子は、焦らさないで、いっぱい気持ちよくしてあげようね」
男の顔が、右胸に寄せられる。
目が合って、ちらりと犬歯を男がのぞかせた瞬間、ドクッと心臓が跳ねた。
「ぁ、あ、あぁあ、あッ、ッ!」
薄い皮を食い破って、その芯まで咥え込もうとするかのように、犬歯が乳首に食い込む。
限りなく痛みに近い快感が神経に叩き込まれたのと同時に、グリッと体内の奥深くに三本の指がめり込んで、衝撃に跳ね返るように頤が上がる。
熱くぬめった後孔の壁に、無防備にふくりと膨らんだしこりを、めり込む勢いで潰される。与えられる圧にしこりが逃げようとするのを許さず、上下左右、三本の指でぐりぐりとめちゃくちゃに押し潰され、無意識にギクギクと腰が跳ねた。
「こら、逃げない」
バチッと空いた左乳首を指で弾いて叱られて、瞬間、目の前が真っ白になった。
「―――ッ!――ぁ、あ、ああッ」
「あれ、もうイっちゃったの?はは、本当、乳首デコピンされるとすぐイッちゃうね」
ほら、ほら、と言いながら、男が、パチン、パチン、と乳首を弾く。そのたび、全身をビクビクさせて啼く俺を、嬉しそうに見ている。
「こら、逃げちゃだめだよって言ってるでしょ?ちゃんと好きなとこ可愛がってもらえるように、じっとしなきゃ」
吐き出した俺の精液を掬いとってさらに滑りを帯びた指が、抉るように前立腺にめり込んで、ぶるぶると奥まで揺らすように動かされる。
「あ、あ、ぁ、あぁ、あ」
そうだ。動いちゃだめだ。男が言う通りにしないと。
快楽でぐちゃぐちゃな頭で、必死で男の言うことに従って、身体が動かないように必死で突っ張らせる。そうすればするほど、人に触らせてはいけない弱い部分をひたすら嬲る指の感触を深く感じ取ってしまう。
「ぅ、ふうっ、っ、うッ、――――ッ」
耳鳴りがして、視界がぼやける。
あぁ、もう、駄目だ、もう。
「ッ、ぃ――っ」
「はい、おしまい」
ぐちゅ、と音を立てて、さっと男の指が後孔から抜けた。
「っ、え……」
あと少し、ほんの数秒先にあった絶頂から突然突き放されて、喪失感にくぱくぱと孔がひくつく。全身に残っている放出できなかった大きすぎる快感の名残に身悶えしそうになる。
どうして。なんで。言う通りにしたのに。
縋りつくように見つめた視線の先で、男が静かに俺を見下ろしている。
じっとこちらを見ながら、俺の足の間に膝立ちになって、ゆっくりと履いていたパンツのジッパーを下ろした。
黒いボクサーパンツを既に押し上げているそれから、目を離せない。自分のものより遥かに立派な男のそれを目の当たりにして、劣等感ではなく、はっきりと飢餓感に襲われていた。
「欲しい?」
問いかけた男の声は、いつも通りひどく優しい。
「欲しいなら、おいで。いくらでも、好きなだけあげる」
覆いかぶさるように屈みこんで、男が優しく俺の頬を撫でる。
俺を見る目ははっきりと欲情しているのに、どこか懇願しているようにも見えた。
「おいで」
さらり、と男の髪が額をかすめる。頬を撫でる、冷たくて大きな手。
これ以外に、欲しいものなんてない。
自然と、頭が持ち上がった。
そのまま、少しだけ頭を浮かせて、男の唇に口づける。
その瞬間、ふっと身体から何かが抜けていった。
「あ……」
まるで、目が覚めたような感覚だった。
肌を撫でる空気、男と自分の呼吸音、ふわりと香る男の香水の匂い、重ねた唇の温かさ。
その全てを感じる。
これまで、薄い膜で覆われてわからなかったものが、押し寄せてくる。
ぱたり、と頬に何かが落ちてきた。つーっと頬を伝い、首へと流れ落ちていく雫。
見上げた先で、男が今までで一番嬉しそうに笑いながら、ぽろぽろと泣いていた。
「おかえり」
振り絞るように囁いた男の声を聞きながら、そっとその首に腕を回す。なされるがまま引き寄せられた男の頬に顔を摺り寄せると、熱い剛直が体内に入ってくる。
その熱さに感じ入りながら、俺はそっと目を閉じた。
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