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初恋前線 3

 季節は巡り巡って、もう10月だ。    いよいよ今日、駿が引っ越してくる。  七夕の日の約束は、今日ようやく叶う!  あれからすぐに駿は不動産屋さんに向かったが、なかなかピンとくる物件に出会えず、じっと待ち続けた。  駿がすぐに引っ越して来てくれるのも嬉しかったが、真剣に、まるで永住するかのように物件を選ぶ駿の横顔を見ているのも、幸せだった。  毎週、遊びに来てくれたしね。  駿……もう……出来たらずっと近くに居て欲しい。  そんな願いを込めてしまう。 「想、そろそろ起きないと」 「わ! また寝坊しちゃった」 「くすっ、残業続きだったものね。でも今日は出掛けるんでしょう。駿くんのお引っ越しのお手伝いに」 「うん」 「良かったわね。私も駿くんが近くにいてくれると思うと心強いわ」  お母さんは、駿のお母さんが遊びに来てくれてから、少しずつ元気を取り戻してくれた。  駿のお母さんは交友関係も広く、地元の友人を紹介してくれたりと……母の世界をまた広げてくれた。 「お母さんの予定は?」 「今日はね、七里ヶ浜の先生のお宅でパン教室なの」 「いいね」 「その後、お友達とお茶して……もしかしたら夕ご飯も」 「それがいいよ。僕は引っ越しの手伝いで遅くなると思うから、夕食も食べて来ていいよ。あ、これが新しい駿の住所なんだ」 「まぁ、本当に近いのね。じゃあ、ゆっくりしていらっしゃい」  ここから徒歩10分程度の、海沿いの白いマンションだった。  10階建ての最上階、海が見える部屋だ。  よくこんないい場所に空きが出たなと思うほど、素敵な部屋だ。    新しいマンション前で待っていると、駿を乗せた引っ越しの車がやってきた。  いよいよだね。  今日からまた駿も湘南の地の住人だ。 「想! 寒くなかったか」 「大丈夫だよ。今日は秋晴れで気持ちがいいし」 「あぁ、引っ越し日和だな」 「うん! 僕も手伝うよ」 「無理すんなよ。残業明けで疲れているだろう」 「でも……寝坊したから、大丈夫」 「そうか。元気そうで良かった」 「……今日のために……コンディションを整えたんだ」  引っ越しやさんが段ボールを運び込む間、僕たちは真新しい白い壁にもたれて会話した。 「想……ずっとこの日を待っていた」 「僕もだよ」    あれから……駿とひとつになるチャンスは、作ろうと思えば作れた。  会社帰りに、あの日のようにホテルを取ってもよかった。  なのに優し過ぎる駿は、母の状態を気遣って、いつも僕を家に帰した。 「……駿、長く待たせてごめん」 「いや、叶うことが分かっていたから苦じゃなかった。楽しみが先にあるから、仕事も残業も頑張れた。夏場はお互いキャンペーンの助っ人で忙しかったしな、引っ越し費用を稼げたよ」  もう……今すぐにでも触れ合いたい気持ちで一杯になった。 「お客様、荷物は以上です」 「ありがとうございました」  あれ? 運ばれたのは……段ボールだけ? 「駿の家具は?」 「あぁ……後輩にそのまま譲ってきた」 「え……」 「ここで想と揃えたかったんだ。一緒に選んでくれるか」    なんだかそれって……それって……  顔を真っ赤にしていると、インターホンが鳴る。 「すみませーん。イギリスベッドです。ベッドのお届けと組み立てに参りました」 「お願いします」  ベッド……?  僕は猛烈に恥ずかしくなって、隣の部屋に逃げ込んだ。  組み立てられていくのは、8畳の部屋を埋め尽くすほどのクイーンサイズのベッドだった。 「想、照れるなよ。男同士なんだ、広い方がいいよな?」 「う……うん。でも……しゅーん……こんなの聞いてない」 「七夕の日に約束しただろう! ひとつになるって!」  

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