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初恋前線 4
七夕に想と誓った願いは、絶対に叶えたい。
だからまず仕事の合間にネットで情報を集め、それから現地に赴き直接不動産屋を何軒も回った。
絶対に譲れない条件は、想の家から徒歩圏内であること!
想と想のお母さんに何かあった時は、お父さんの代わりに真っ先に駆けつけるのが、俺の使命だ。
お父さんから託された想を守る立場は、俺の心を尊いものに押し上げてくれた。
それから海がよく見える部屋という条件も譲れない。
俺と想には、広い海が必要だ。
俺たちは海上に広がる青い空と白い雲のように寄り添って生きていくから。
だから……なるべく高層階で、窓からは海しか見えない場所がいい。
俺と想が愛し合う時は何も隠さないでいたい。分厚いカーテンを閉めないでも、想とひとつになれる場所が欲しかった。
ところが俺の給料との兼ね合いもあり、希望の物件はなかなか見つからなかった。
週末ごとに足繁く現地に通い不動産屋とも懇意になり、8月中旬、ようやく理想の物件を特別に紹介してもらえた。
ちなみにマンション探しの詳細は、想には内緒だった。
想を当日驚かせたくて――
理想の物件は分譲マンションの一室で、俺より少し年上の男性が10月から海外赴任に行くため賃貸に出すとのことだった。
……
「10月か、結構……先だな」
迷っていると、特別に内覧をさせてもらえた。どうやら不動産屋さんの友人の部屋だったらしい。
「はじめまして、君が今度この部屋を借りてくれる人?」
「あ……はい、その予定です」
通された部屋は、真っ白な壁と大きな窓が印象的だった。
モデルのようなオリエンタルな顔立ちの住人はインテリデザイナーだそうで、洗練された雰囲気の内装で、一目で気に入った。しかもリビングの壁は真っ白で、寝室は天井も壁紙もブルーだなんて最高だ。
「気に入った?」
「はい、とても」
「良かった。君一人で住むのか」
「最初はその予定ですが……三年後には……」
「ふぅん、ここは二人暮らしには最適だ。なぁ、もしも丸ごと欲しくなったら売ってやるよ」
「え?」
「オレには、もうここは不要だから」
「……」
つかみ所のない人だったが、上機嫌のようだった。
いくらかランクを落とせばすぐに引っ越せるマンションやアパートも数件あったが、これはもう絶対に譲れない。
「10月まで待ちますので、まずは賃貸で是非よろしくお願いします」
……
その足で実家に向かった。
「母さん、俺、10月になったら独身寮を出るよ」
「まぁ、じゃあいよいよ鵠沼に戻るのね」
「……実家に戻ってくるの……とは聞かないんだな」
母さんが俺を見て、可笑しそうに笑った。
「何言ってんの? いい歳の息子が。あなたはもう独り立ちしているわ。自由に生きていいのよ。あなたにはずっと一緒にいたい、大切にしたい人がいるんでしょう」
「母さん……」
参ったな。母さんには全部お見通しだ。
「ありがとう。想と今すぐどうこうじゃないんだ。三年後、想のお父さんが帰国されたら……その時は一緒に住みたいと思っている」
ハッキリと宣言すると、暖簾の向こうから拍手された。
「え? 父さん……今の話、聞いて」
「今の言葉は一時の感情でないのが伝わってきたよ」
「俺たち……もうすぐ20年なんだ。出逢って10年、離れて10年、……そして再会して、心がようやく通じ合ったんだ。だから生半可な気持ちじゃない。どうか許して欲しい」
母さんにはハッキリ気持ちを伝えていたが、父さんには気恥ずかしくて面と向かって言えていなかった。
頭を下げると、父さんがゆっくり頭を撫でてくれた。
「駿はいつの間にか大人になったな。許すだなんて……私達は受け入れたいんだ。想くんはとても優しいいい子だ。この20年……お前がどんなに大切にしてきたかを知っているから、息子の純粋な気持ちに寄り添いたいんだ」
父さんの優しい言葉に、泣きそうになった。
「だが……10年前、俺の浅はかさで傷つけてしまって、大切に出来なかったんだ……」
「それでもそれから10年、忘れずに、お互いに想い続けたんだろう?」
俺は力強く頷いた。
その通りだ。
だから想との今がある。
それだけは自信を持って言える。
「駿、顔をあげて生きていくんだぞ。この先は平坦な道だけではないかもしれない。だが二人が一緒にいれば、ちゃんと乗り越えていけるよ」
「父さん、ありがとう!」
****
組み立てたばかりのベッドで、駿からこの部屋に辿り着くまでの経緯を聞いて、胸が一杯になった。
「駿、ここを見つけてくれて……ありがとう」
「気に入ったか」
「白い壁も青い寝室も、硝子の向こうの夜空も、どれも素敵だよ」
「ここに、三年後……想も一緒に住んでくれるか」
「えっ……」
もう、それって、それって……
「駿、どうしよう? さっきからうまく言葉がまとまらないよ」
駿のサプライズが嬉し過ぎて。
駿の決断が潔すぎて。
僕は迷わずに、駿の覚悟についていきたい。
「想、伝えるのは言葉じゃなくてもいいよ」
「……しゅーん」
だから駿に抱きついて、口づけをした。
この喜び、溢れる思いを伝えたくて。
「駿、ありがとう」
そのまま深く抱き合って、柔らかな唇を何度も求め合った。
真新しいシーツに背中を預けると、ズシッと駿の重みを感じた。
「想っ、悪い……もう限界だ。もうっ待てない」
「うん、僕も同じだよ……駿、僕たち、また……ひとつになろう」
僕たちはようやく、二度目の逢瀬の旅に出る。
あとがき
***
ニューヨークへ行くというインテリアデザイナーは、分かる人には分かる、さり気ないクロスオーバーでした。
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