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初恋の実り 4
10月上旬。
紅葉にはまだ少し早いが、一足先に落ちてしまった黄色い葉がアスファルトに明るい彩りを与えていた。
まるで俺の心の色みたいだな。
一度大きく息を吐き、それから顔をあげて交差点を真っ直ぐに見つめた。
ずっとここが俺たちが出逢う場所だった。
いつも想と待ち合わせて、一緒に歩き出したよな。
ここから!
信号が変わると、向こうから暖色系のグレーのスーツを品良く着こなした男が歩いてくる。
スッと伸ばした背筋に甘い目元、楚々とした雰囲気。
俺と目が合うと心の底から嬉しそうに微笑んでくれる男が、俺の恋人だなんて!
ただそれだけのことが嬉しくて、嬉しくて。
「おはよう、駿!」
「おはよう、想!」
昨夜、月明かりの中ひとつになった相手と、今朝は明るい朝日を浴びている。
10年前に想を失って……
想の気持ちを推し量らず押し通した行為が、どんなに想を追い詰め苦しめてしまったか、想が俺にとってどんなに大切な存在だったのかを痛感した。
俺は意気地なしで、もう二度と会えないと諦めてしまいそうだったのに、想はこの10年間、俺との再会に目標を定めて頑張ってきてくれた。
俺たち三年後に、同じ部屋で朝を迎えよう!
俺たちの目標は、今度はそこだ。
もちろん、その先もずっと一緒に。
「想、そのネクタイまたしてくれたのか」
「うん、今日は大切な記念日だからね」
「想は可愛いなぁ」
「駿ってば……あっ電車に乗り遅れる! 行こう!」
「あぁ」
ヤバイ、また想に見惚れていた!
江ノ電で藤沢まで出て、一気に小田急で新宿まで出る。この電車が曲者だ。上りのラッシュは想像以上にキツかった。
「うわっ、久しぶりに酷いラッシュ体験だ。想はよく一人で乗っていたな」
「……だよね」
想は優しく笑ったが、俺は今まで貧血を起さなかったのか、嫌な思いをしなかったのかと猛烈に心配になった。それに想は男にもモテそうで心配だ!
「くすっ、大丈夫だったよ。何もなかったから安心して。それにこれからは何かあっても大丈夫だよね。帰りはともかく、行きはいつも駿が一緒だから、心強いよ」
「お、おう! 任せておけ」
想は俺を上機嫌にする天才だ!
電車が揺れる度に想の身体との密着度が高まって、胸が高鳴っていく。想は長い睫毛を伏せて、俺と向かい合ったまま静かに佇んでいる。二人の身長差は5cm程度だが、一回り小さな想の身体が電車の振動で大きく揺れると、さりげなく守ってやった。
手の届く距離に、愛しい人がいてくれる。
そのことに感謝した。
ようやく新宿駅に着くと、今度は人波に押される。
「想、こっちだ」
「あ、うん」
人混みを避けて、少しだけ遠回り。
ようやく肩を並べて歩けた。
「そうだ、駿はクラムチャウダーは好き?」
「あぁ、あれは美味しいよな」
「良かった! 今朝、お母さんが作ってくれたんだけど、僕、習ってみようかと思って」
「え? お母さんに料理を?」
「うん。変かな? 昨日約束もしたし、早速」
「それって……俺に?」
「そうだよ。駿に作ってあげたくて」
想が俺のために。
電話でも聞いたが、直に聞くとじわんと心が温まる。
「嬉しいよ。あのさ、昨日あれから考えて、俺も想に作ってやりたいんだ」
「え?」
「想がしてくれることは、俺もしてやりたい。だから今度、想のお母さんに俺も一緒に習うよ」
「一緒に? それって嬉しいよ」
想がまた一段と綺麗に微笑んでくれた。
花が咲くような優しさを振り撒いて。
「お母さん、絶対に喜ぶよ。お母さんは女の子も欲しかったみたいだけど、今は息子でよかったと言ってくれたんだ。だから駿も加わったら、もっと喜んでくれるよ。なんだか僕たちって、お母さんの二人の息子みたいだね」
「もう……俺の中ではそういうつもりだけどな」
「あ、ありがとう。あとね……実は……僕も駿の手料理を食べてみたかったんだ。だから嬉しいなって!」
小首を傾げて、くすぐったそうに笑う想。
あー、もう可愛いすぎだ!
好きな人がいるって、すごい!
心が通じ合う相手がいるって、幸せだ!
人と人って、優しく交流すると、こんなに元気になれるんだな。
想と過ごす毎日が、とにかく愛おしい。
それを実感する朝だった。
想、俺たち、毎朝こんな気持ちになれるんだな。
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