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初恋の実り 5
「最近、青山くんって、なんとなく雰囲気が変わったわよね」
「そうか、どんな風に?」
「んー 雰囲気が柔らかくなって言うのかな? なんだか幸せそうに見えるわ。何かいいことあった?」
「あぁ……いつも優しい気持ちになれる人といるから、いい影響を受けているんだと思う」
それは全部、想のおかげだ。
想といると、心が凪いでいくんだ。
穏やかな……春の海のような想だから。
仕事が疲れ果てていても、朝、想と会うだけでリセットされる。
満員電車の通勤に嫌気がさして都内の独身寮に入ったくせに、今は違う。
毎朝、交差点に想がやってくる。
信号の向こうに姿を捉える度に、俺は毎日、想に初恋をしているんだ。
今日も初恋、明日も初恋、この先もずっと初恋を。
この気持ちは、色褪せない。
むしろ、どんどん色鮮やかになっていく。
秋の紅葉のように、俺の心は今、色づいている。
この先やってくる冬には、想が俺の色になり、春には桜色にふたりで染まり、夏には青空に溶け込んでいこう!
そうやって生きていきたい。
その相手が、想、なんだよ。
****
「お母さん、あのね……駿もお母さんにお料理を習いたいって言っているんだ。一緒にいいかな?」
「もちろんいいわよ。嬉しいわ。そうなのね。あなたたちは二人で作るのね」
「うん……僕たち、なんでも二人でしてみたいねって」
息子がはにかんだ様子で、そんなことを申し出てくれた。
素直に嬉しかったわ。
あなたは生まれつき病弱で、小児喘息を発症してからは本当に辛い日々だった。
あなたは私たちの大切な一人息子。
沸騰したような熱を出す赤ちゃんを抱きしめながら、この先無事に成長できるのか不安になる夜が何度もあったわ。
あなたが学校に馴染めず苦しんでいるのを知った時の、親としてのもどかしさ。
咳が止まらずに涙を浮かべる悲しい瞳に、かわってあげたいという気持ちが募る日もあった。
そんなあなたに、ずっと寄り添ってくれた子がいた。
青空のように爽やかで明るい駿くん。
「友だちになろう」と誓ってくれた通り、約束を破ることなく、ずっと想に寄り添ってくれたわ。
来る日も来る日も我が家に明るい空気を運び入れてくれた優しい子は、スクスクと少年から青年に成長していった。
想も駿くんを追いかけるように、成長してくれたわ。
10年前、ニューヨークに転勤に行くことが決まった日、想は明らかに様子が変だった。
私も突然の海外赴任の準備で、想を充分ケアしてあげられなかった。
あの日を境に駿くんの話題がぷつりとなくなり、姿が見えなくなったのに。
飛行機の窓から空を見つめ、肩を震わせる息子の背中を見守る事しかできなかったの。
紆余曲折あって、ようやく10年の時を経て再会した二人。
二人の恋路を止める理由は、見つからなかった。
男同士という垣根は、もうとっくになくなっていた。
駿くんの心構えが好き。
想と肩を並べて歩んでくれようとする姿勢が好きよ。
私の息子をただの庇護の対象としてではなく、共に歩むパートナーとして認めてくれているのが、親として嬉しいのよ。
だから主人も受け入れられたのよ。
「お母さん、それでね……」
「ん? なあに?」
「僕たち、初心者だからちゃんとしたエプロンがあった方がいいと思うんだ」
「それはそうね」
「だからお母さんが選んでくれないかな?」
「いいの? 私が選んで」
想がペコッとお辞儀する。
「うん、お母さんに選んでもらいたいんだ」
はぁ……もう、可愛い子。
想の少し甘えた優しい所、我が息子ながら可愛げがあって大好きよ。
「任せて。それで最初に何を習いたいの? 作りたいものがあるの?」
「うん、今朝食べたクラムチャウダーがいいなって。駿の海辺のマンションによく似合いそうだから」
「まぁ、いいわよ。ここなら新鮮なアサリも手に入るし。ついでに白パンの作り方も教えてあげるわ」
「パンまで!」
「二人でこねこねするの、童心に戻れて楽しいわよ」
「嬉しいよ。あとね、駿の家で習ってもいい? 外国製のオーブンとかが最初からあって、使い勝手が分からないんだって。お母さん、お願いします」
「ふふっ、想は甘え上手ね」
……
あなた、元気に過ごしていますか。
今度、想と駿くんにお料理を教えることになったの。
最初のリクエストは、あなたの大好物のクラムチャウダーだったのよ。
私達の思い出のレシピを二人に伝授する日がくるなんて、これも縁なのね。
二人はとても順調よ。
駿くんが近くに越して来てくれたので、私も想も心強いし、想は毎朝嬉しそうに会社に出掛けて行くのよ。
息子が嬉しそうに出掛ける姿を見かけるのは、いくつになっても嬉しいものね。
あの辛い日々を超えて、今がある。
そう思うから、全ての事に感謝したい気持ちで一杯よ!
この喜びを、あなたと一緒に分かち合いたくて、今日もFAXをしました。
……
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