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初恋の実り 7
「想、ありがとうね」
「お母さん? 急にどうしたの?」
「……車に乗せてくれて」
「いつも乗せているよ?」
「そうね、想の助手席は、私が一番乗りだったわね」
「うん。ずっとお母さんを乗せてドライブしたかったから、嬉しかったよ」
本当に優しい子。
想と話すと、心が凪ぐわ。
(あなたの世界を見せてくれてありがとう。あなたが週末過ごす場所を見せてくれて嬉しいのよ)
その言葉は、そっと胸にしまった。
駿くんのマンションまでは歩いて10分の距離なので、車だとあっという間に着いてしまったわ。
「ここの最上階なんだ」
「まぁ、白亜のお城みたいに綺麗なマンション。本当に家から近いのね」
「駿ね、それが第一条件だって……嬉しいよね」
想がふわりと微笑む。
甘い吐息に、私の方がドキドキしてしまう。
ずっと、か弱くか細い子だと思っていたのに、今は私よりずっと背も高く、重たいフランス製のお鍋も大量の食材も、全部軽々と持ってくれるのにも感動するわ。
中に入るとエントランスの床も天井も真っ白で、スタイリッシュなマンションだった。
「本当にモダンで素敵ね」
「駿の部屋の内装もとても素敵だよ。是非、お母さんにも見てもらいたくて」
インターホンを押すと、駿くんが飛び出してきた。
「いらっしゃいませ!」
ふふっ、礼儀正しく挨拶してくれるのね。あなたも可愛いわ。
「お邪魔します」
「駿、これ、食材とか持ってきたよ」
「おぉ、助かるよ。鍋もなくてごめんな」
「結局、買っていないの?」
「あぁ、何を揃えていいか分からなくて。どうせ買うなら良質な物を長く使いたいしさ。だから想のお母さんに聞いてからにしようと思って」
二人の会話が可愛すぎて溜まらないわ。
もう立派な成人男子なのに、そうやって甘えてくれるのね。
「私を頼りにしてもらえて嬉しいわ。まずは二人とも手を洗って、このエプロンをつけていらっしゃい」
「お母さん、エプロン買ってきてくれたの?」
「もちろんよ。選ぶの楽しかったわ」
何色にしようか迷ったわ。
想には白が似合い、駿くんには青が似合う。
だから、二人が寄り添う青空のような群青色のエプロンにしたのよ。
メンズのエプロンは黒ばかりだったから、頑張って探したのよ。
想には明るい色が似合うしね。
「わぁ、明るくていい色ですね。ありがとうございます」
「僕の大好きな色だ。お母さん、ありがとう」
「良かったわ。二人とも準備していらっしゃい」
****
洗面所で手を洗い、想とエプロンを付け合った。
「こんなことするの、家庭科の調理実習以来だな!」
「そうだね、懐かしいね」
「教室で俺たちのエプロンの紐がこんがらがって、変だったよな」
「そうそう、絡まっちゃったよね。くすっ」
お! 想が珍しく思い出し笑いをしてくれた。
少し陰っていた想の中学、高校時代。
それでも俺たちの間には、いつも明るい光が差していたよな。
「駿、僕……ここにお母さんを連れて来て大丈夫だったかな?」
「もちろんだ。想の家族ごと大事にしたいんだ」
「あ、ありがとう。紐、結んでもらえる?」
「あぁ、後ろ向いて」
エプロンの腰紐をキュッと結んでやると、想がくるりと振り向いて軽く唇を重ねてくれた。
「ありがとう!」
想って、時々大胆だ。
だから、ついつい心配になって聞いてしまう。
「想、まさか向こうでいつもこんな挨拶してなかったよな?」
「え? くすっ、そんなことはしないよ……ハグはあったけど」
「うう、俺、ハグにも妬きそうだ」
「くすっ、じゃあ、ハグもするね」
想が俺にギュッと抱きついてくれた。
ううう……これは参った。
想は相変わらず俺を甘やかす天才だ!
「今日は美味しいクラムチャウダーを作れるといいね。またひとつ二人で出来ることが増えて嬉しいよ」
「そうだな。一緒に、また……あれもしような」
「う、うん、僕もだよ!」
これは、甘い休日になりそうだ。
おっと、まずは料理をマスターしてからだ。
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