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初恋の実り 8
「お母さん、手を洗ってきたよ。早速教えて下さい」
「あら、二人ともまた顔が火照っているわよ」
「えっ?」
「くすっ、あなたたちは大きくなっても、いつも一緒なのね。小さな頃みたいに、どこでも一緒に行こうとするんだから、もう身体も大きいのに狭い場所に二人で潜り込んで……」
「そ、そうかな?」
洗面所で抱き合ったのがお見通しのようで、照れ臭いよ。
「ペアのエプロン、よく似合っているわ」
「ありがとう!」
「じゃあ始めましょうか。まず砂抜きしたアサリと水をお鍋に入れて沸騰させるのよ。貝の口が開いたら教えてね」
「うん?」
口が開く?
わ! お湯が沸騰するとアサリの口が突然パカッと開いたので驚いた。
「お母さん、ちょっと怖いよ。次は?」
「想ってば落ち着いて。アサリは取りだして煮汁は取っておいてね。次は野菜を切りましょう。想は玉葱を切って、駿くんは人参とジャガイモを切ってね」
僕たちは、たどたどしい手付きで野菜を切った。
お互い、ギクシャクと必死だった。
「駿くん~ それじゃ口に入らないわ。もっと小さく野菜の大きさを揃えないと」
「はい!」
「もう~ 想はそんなに泣かないの」
「だって玉葱が沁みるから」
「コツがあるのよ。こうよ」
お母さんはいつも楽しそうに料理していたのに、こんなに大変だったなんて。
「次はベーコンを切って」
「お母さんちょっと待って……なんだかスパルタ塾みたいだよ」
「まぁこの程度で何を言っているの? くすっ」
そんなことをひたすら繰り返した。
持ってきた重たい鍋にアサリの煮汁と牛乳とコンソメを加え、野菜が柔らかくなるまで煮たら、最後にアサリの身を戻す。
「さぁついに完成よ。あなたたちが奮闘している間に、鎌倉野菜のグリルを作ったのでどうぞ。オーブンの使い方も分かったから、あとでレクチャーするわね」
「お母さんってば、いつの間に。お母さんってすごいんだね」
白いテーブルにはお母さんが作ってくれたサンドイッチも並んでいた。
「いきなりクラムチャウダーなんて少しハードルが高かったのに、二人とも頑張ったわね」
そうか、簡単に作りたいと言ったが、結構ハードルが高いものだったのか。
駿と顔を見合わせ、一気に脱力した。
「おばさん~ 俺、普段使わない筋肉を使った気がします」
「くすっ、スポーツマンの駿くんでも苦手なことってあるのね。でも二人のチームワークは最高だったわ。これは初心者にも作りやすいレシピ集よ。沢山活用してね」
「お母さん、ありがとう」
「助かります! ありがとうございます」
駿と二人でお礼を言うと、お母さんから逆にお礼を言われた。
「駿くん、ありがとうね。外食ばかりでなくて手料理もしようと思ってくれて嬉しかったのよ。知っていると思うけれども、想は外食が続くと体調を崩しやすいの。だから二人には野菜を沢山取って、健康に気をつけて欲しかったの」
お母さんが、そんなこと思ってくれていたなんて。
「これはね、駿くんのお母さんの願いでもあるのよ」
「あっ、この前、カップ麵食べていたから」
「聞いたわよ。どうか気をつけてね。二人にはいつも小さな幸せを大切に笑って欲しいから願う母の心だと思って、どうか受け取ってね」
そこにピンポーンとインターホンが鳴った。
「誰だろ?」
玄関から驚いた声がする。
「げ! 母さん」
「駿のお母さん?」
何で来たんだよ~
いい匂いがしたからよ
子供みたいなやりとりが聞こえてきて、クスッと笑ってしまった。
「あら、やっぱり由美子ちゃんも来ていたの?」
「えぇ、お料理を教えて欲しいと言われて」
「私もよ」
「まぁ」
「それはまた今度って言ったじゃねーか」
駿ってば恥ずかしそうに、子供みたいに暴れて。
「おばさん、こんにちは」
「あら、お揃いのエプロン似合っているわ。丁度色が合いそうで良かったわ。私からもあなたたちにプレゼントがあるの」
手渡されたのは、水色のデニム生地のミトンだった。
「大切な想くんの手、火傷したら大変でしょ」
「か、母さん……気が利くな。ありがとう。もしかして作ってくれたのか」
「縫い物は好きなのよ。想くんよかったら使ってね」
「嬉しいです」
駿とお揃いのエプロンとミトン。
これは、どんなチームのユニフォームよりも、カッコイイ!
僕と駿は見つめ合って、微笑んだ。
僕たちこの先もこんな風に家族ぐるみで付き合っていけるんだね。
それが嬉しいよ。
僕はずっと、こんなナチュラルな日々に憧れていた。
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