116 / 161
大切な人 2
可愛い男の子の声に、ふいに泣きたい気持ちになった。
どうしてだろう?
よくある子供の誘い文句に、こんなに心がかき乱されるなんて。
僕には縁がなかった世界の言葉だからなのかな?
ずっと駿以外に、僕を気軽に誘ってくれる人はいなかった。それがまさかこの歳になって、こんなに可愛く明るく、真っ直ぐに誘われるとは思っていなかった。
人生って、何があるか分からないね。
「うん。芽生くん、原っぱに着いたら沢山遊ぼうね」
「やったー! お兄ちゃんとそうくんがお友だちになったから、ボクもなかよくなりたいなって……ふわぁ……」
「あれ? 芽生くん、もしかして少し眠たい?」
「あ……うん、お兄ちゃん……ほんとはちょっぴり……ねむかったの」
芽生くんは、大きな欠伸をして目を擦り出した。
「今日は頑張って早起きしたからね。お兄ちゃんにもたれていいよ」
「う……ん」
安心しきって目を閉じていく様子に、瑞樹くんと芽生くんの関係がいかに良好なのかが伝わってきた。
お兄ちゃんか……
僕には兄弟がいないから、とても新鮮だよ。
「想、芽生くんって本当に可愛い坊やね……ぐすっ」
その時になって、お母さんが鼻を啜っているのに気がついた。
「お母さん、どうしたの?」
「ご、ごめんね……芽生くんからの可愛いお誘いに、ちょっと感激しちゃったみたいで」
そうか……お母さんは、きっとこんな風に気軽に遊びに誘ってもらう僕を見たかったんだろうな。僕はいつもひとりぼっちの寂しい子供で心配ばかりかけてしまったね。
以前だったらここから過去を振り返り凹んでしまう所だが、最近の僕は違う。
後悔するより、今に感謝したいんだ。
「今日はお母さんに一緒に乗ってもらって、正解だったね」
『そうくん』と呼ばれる僕を見てもらえて良かった。
「そうね。私も誘ってもらえて、嬉しかったわ。瑞樹くんもありがとう」
「え? 僕もですか」
「えぇ、そうよ。私は……何故かしら、あなたに会えてとても嬉しいの」
「……あ、ありがとうございます。僕もです。想くんのお母さんだからきっとお優しい方だろうと想像していたんですが、本当にその通りで……」
瑞樹くんは恥ずかしそうに優しく微笑んでいたが、どこか泣きそうな瞳だった。僕とお母さんを通して、もっと遠くを見ているような気がした。
「瑞樹! 想くんの青い車の乗り心地は最高だな」
「あ……はい、宗吾さんの言う通りですね。想くん、今日は本当にありがとう」
瑞樹くんのパートナー、宗吾さんも素敵だ。場を締めたり盛り上げてくれる明るい雰囲気の人で、控えめな瑞樹くんとお似合いだ。
今日は二人のお陰で、僕はますます自分の名前が好きになった。
お父さんとお母さんがつけてくれた大切な名前を、もっと大切にしよう。
あぁ……またお父さんのエールが聞こえてくる
『想、頑張れ! 想、頑張れ!』
異国で一人で頑張っているお父さんに恥じないように、僕は今を生きています。
お父さん……
自分からも一歩踏み出してみると、世界って変わっていくんですね。
僕には、まだまだ出来ることがありそうです。
「もう少しで着くので」
ログハウスへ続く小径の曲がり角に、駿が立っていた。
「想! こっち、こっち~」
青い車を見つると、破顔し大きく手を振ってくれた。
「駿、待たせてごめん」
「大丈夫さ、母さんには散々こき使われたけど」
「くすっ、あれ? 駿ってば髪に綿埃がついているよ」
「ううう、納戸の掃除に駆り出されて、埃に頭を突っ込んだんだよ。想〜 取ってくれるか」
「うん、いいよ!」
到着するなり、駿とふたりだけの甘い世界に入り込みそうで、慌てて引き戻した。
「え、えっと、こちらが僕の……駿です」
「そ、想! その紹介はちょっと照れるぜ」
「え? あぁそうか……そうだよね。ええっと、なんて言ったらいいのかな?」
「俺たち恋人同士でいいよな?」
「う、うん」
小さな坊やと母の前での恋人宣言に、僕は真っ赤になってしまった。
「まぁ、想ったら」
「よくお似合いだよ」
僕のドギマギした様子を、宗吾さんと瑞樹くんは微笑んで見守ってくれた。
あ……もしかして、これってダブルデート状態なのかな?
お母さんも巻き込んでというのが、僕たちらしいね。
「ねぇねぇ、そうくーん、ボクとあーそーぼ!」
すっかり目覚めた芽生くんがワクワク顔で、僕の手を引っ張ってくれた。
「うん、いいよ。あのねログハウスと原っぱがあるんだよ。お庭でピクニックも出来るよ」
「わぁ~ そうくん、ねぇねぇどっち?」
小さな可愛い手に、僕の心はどんどん和んでいく。
駿……見てる?
今の僕を、見て欲しいよ。
ともだちにシェアしよう!