132 / 161

絆 7

「想くん、無事に入国出来るよ」 「ありがとうございます」  海外に慣れているとはいえエジプトは初めてなので、勝手が分からない、空港の雑踏の中、僕は急ぎ足で若林さんの背中を追った。  無事に入国出来て良かった。  やっと傍に来られた。  お父さんがこの国いると思うと、緊張してくる。  小さい頃から、お父さんはいつも輝いていた。  逞しくて力強く、何でもこなせるスーパーマンだった。  仕事で海外を忙しなく飛び回る、憧れのお父さん。  そのお父さんが足を銃で撃たれ意識不明の重体だなんて、まだ信じられないが、それが現実だ。  現実は厳しい。  その言葉を、まざまざと思い知らされる。  空港から、お父さんの会社が手配してくれた迎車で病院に直行した。隣の席では若林さんが現地の言葉でずっとやりとりをしている。  僕には聞き取れないが、かなり切羽詰まった様子だ。  駿、どうしよう!  嫌な予感がするんだ。  まさかお父さんの容体が急変したのでは?  怖い……  今は隣にいない駿の笑顔を必死に思い浮かべた。  優しくて温かい記憶に縋りたい。  電話を終えた若林さんの声は詰まり、蒼白だった。 「……想くん」 「……はい」 「もう……危篤だそうだ」 「そ、そんな!」 「とにかく急ごう!」  まさか、まさか、ここまで来て間に合わないなんて。  そんなの嫌だ!  お父さんと今まで離れていた分、これからはもっと傍で仲良く暮らしたいんだ。  どうかお父さん戻って来て下さい。  戻ってこられない状態なら、僕が連れ戻しに行かないと。  必死の願いは、集中治療室の前でも続いた。  硝子の向こうに横たわるお父さんは沢山の管に繋がれ、見たこともない程、白い顔をしていた。  嘘だ、いやだ……お父さん!  ドクターに英語で呼ばれる。 「Do you have a family of Mr. Shiraishi?」 「Yes, it's me. I'm my son.」 「Please go inside. No more hope」  そんな…… 「お父さん、想です。どうか、どうか……目を覚まして下さい!」  僕がお父さんの光になるから……希望になるから、どうか! **** 「パパぁ……そんなにいそいだら、むねがくるしいよ」 「想、大丈夫か。あぁ、お前はすごい熱じゃないか」 「もう、しんどいの……やだな」 「パパがすぐにお医者さんに連れて行ってやるからな」  足が痛くて力が出ないが、小さな想を抱き上げて走ろうとした。  勢いよく走るつもりだったのに、膝に激痛が走り、無様に道端に転がってしまった。 「ううっ、すまない。痛くなかったか」 「だいじょうぶだよ。それより」  こんな無様な姿を息子に見せるなんて、格好悪い。  猛烈に恥ずかしくなった。  想に笑われてしまうのでは、呆れられてしまうのではと、おそるおそる見ると、想は目に涙を溜めていた 「パパ……あしをおけがしているんだね。いたいよね」 「あぁ……ちょっとな」 「パパ……おねがい……今は、はしらないで」 「えっ」  想が私の膝を、必死にさすってくれる。 「いたいの、がまんしないで。はしらなくてもね、ゆっくりあるいていけば、ちゃんとつけるんだよ。ボク……しんどいとき、いつもそうしているの」  想が、私の手を優しく引っ張ってくれる。  小さな小さな手が、導いてくれる。 「パパ、いっしょにおうちにもどろう。ゆっくり、ゆっくりあるけば……だいじょうぶ」  やがて生き生きとした光が見えてくる。  その光は、凛々しい声になる。 「お父さん……想です! どうか、どうか……目を覚まして下さい!」  それは愛しい息子の懸命な声だった。 「想? どうして……そんなに泣いているんだ?」  私の手を引いていた幼い想は、いつの間に先を歩いていた。 「パパ、ほら、あそこにおうちがみえたよ。ボク……さきにもどるね。ママがしんぱいしているから」 「あぁ、お父さんもすぐに戻るよ。地上へ、生きている世界へ。 成長した想に会いに行かないとな」 「うん! パパ、あのね……いつもだいすきだよ!」  幼い想はふわりと明るい光に吸い込まれ、やがて凛々しく成長した息子の顔がぼんやりと見えて来た。  想……!

ともだちにシェアしよう!