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絆 7
「想くん、無事に入国出来るよ」
「ありがとうございます」
海外に慣れているとはいえエジプトは初めてなので、勝手が分からない、空港の雑踏の中、僕は急ぎ足で若林さんの背中を追った。
無事に入国出来て良かった。
やっと傍に来られた。
お父さんがこの国いると思うと、緊張してくる。
小さい頃から、お父さんはいつも輝いていた。
逞しくて力強く、何でもこなせるスーパーマンだった。
仕事で海外を忙しなく飛び回る、憧れのお父さん。
そのお父さんが足を銃で撃たれ意識不明の重体だなんて、まだ信じられないが、それが現実だ。
現実は厳しい。
その言葉を、まざまざと思い知らされる。
空港から、お父さんの会社が手配してくれた迎車で病院に直行した。隣の席では若林さんが現地の言葉でずっとやりとりをしている。
僕には聞き取れないが、かなり切羽詰まった様子だ。
駿、どうしよう!
嫌な予感がするんだ。
まさかお父さんの容体が急変したのでは?
怖い……
今は隣にいない駿の笑顔を必死に思い浮かべた。
優しくて温かい記憶に縋りたい。
電話を終えた若林さんの声は詰まり、蒼白だった。
「……想くん」
「……はい」
「もう……危篤だそうだ」
「そ、そんな!」
「とにかく急ごう!」
まさか、まさか、ここまで来て間に合わないなんて。
そんなの嫌だ!
お父さんと今まで離れていた分、これからはもっと傍で仲良く暮らしたいんだ。
どうかお父さん戻って来て下さい。
戻ってこられない状態なら、僕が連れ戻しに行かないと。
必死の願いは、集中治療室の前でも続いた。
硝子の向こうに横たわるお父さんは沢山の管に繋がれ、見たこともない程、白い顔をしていた。
嘘だ、いやだ……お父さん!
ドクターに英語で呼ばれる。
「Do you have a family of Mr. Shiraishi?」
「Yes, it's me. I'm my son.」
「Please go inside. No more hope」
そんな……
「お父さん、想です。どうか、どうか……目を覚まして下さい!」
僕がお父さんの光になるから……希望になるから、どうか!
****
「パパぁ……そんなにいそいだら、むねがくるしいよ」
「想、大丈夫か。あぁ、お前はすごい熱じゃないか」
「もう、しんどいの……やだな」
「パパがすぐにお医者さんに連れて行ってやるからな」
足が痛くて力が出ないが、小さな想を抱き上げて走ろうとした。
勢いよく走るつもりだったのに、膝に激痛が走り、無様に道端に転がってしまった。
「ううっ、すまない。痛くなかったか」
「だいじょうぶだよ。それより」
こんな無様な姿を息子に見せるなんて、格好悪い。
猛烈に恥ずかしくなった。
想に笑われてしまうのでは、呆れられてしまうのではと、おそるおそる見ると、想は目に涙を溜めていた
「パパ……あしをおけがしているんだね。いたいよね」
「あぁ……ちょっとな」
「パパ……おねがい……今は、はしらないで」
「えっ」
想が私の膝を、必死にさすってくれる。
「いたいの、がまんしないで。はしらなくてもね、ゆっくりあるいていけば、ちゃんとつけるんだよ。ボク……しんどいとき、いつもそうしているの」
想が、私の手を優しく引っ張ってくれる。
小さな小さな手が、導いてくれる。
「パパ、いっしょにおうちにもどろう。ゆっくり、ゆっくりあるけば……だいじょうぶ」
やがて生き生きとした光が見えてくる。
その光は、凛々しい声になる。
「お父さん……想です! どうか、どうか……目を覚まして下さい!」
それは愛しい息子の懸命な声だった。
「想? どうして……そんなに泣いているんだ?」
私の手を引いていた幼い想は、いつの間に先を歩いていた。
「パパ、ほら、あそこにおうちがみえたよ。ボク……さきにもどるね。ママがしんぱいしているから」
「あぁ、お父さんもすぐに戻るよ。地上へ、生きている世界へ。 成長した想に会いに行かないとな」
「うん! パパ、あのね……いつもだいすきだよ!」
幼い想はふわりと明るい光に吸い込まれ、やがて凛々しく成長した息子の顔がぼんやりと見えて来た。
想……!
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