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絆 8

  集中治療室に入ると、心電図モニターが見えた。 「あぁ……なんてことだ」    心拍数が下がって来ているのが、グラフから一目で分かった。 「駄目だっ、そんなの絶対に駄目だよ」  僕はお父さんの手を握りしめた。  冷たい手だったが、微かに温もりが残っている。  お父さんに触れると、小さい頃、父と手を繋いだ記憶が蘇ってくる。  あれはいつだったのか、あれはどこだったのか。  暗い道で迷子になってしまって泣きそうだったが、すぐにお父さんと会えたんだ。  ところがお父さんは足に怪我をしていて辛そうだったので、僕が手を引いてあげたんだ。  小さな僕は、お父さんを家に連れ帰ろうと必死だった。  あの日のように父の手を引こう!  もう祈りだけでは追いつかないよ。  僕が連れ戻しに行こう。  握った手を胸元に引き寄せて、耳元で呼びかけた。 「お父さん、お父さんっ、想です。僕はここにいます。お父さんに触れています。もう家に帰りましょう。お母さんも待っています」  何度も何度も呼びかけていると、お父さんの手がビクッと動いた。 「あ……っ、お父さん?……お父さん!」  必死に呼びかけると、今度はお父さんの瞼も震えだした。 「お父さん、目を開けて! 僕を見て下さい」  やがて時間をかけて瞼を開き、ぼんやりとだが僕を見つめてくれた。 「あ……っ、想です! 見えますか」  お父さんはもどかしそうに唇を震わせた。 「そ……う」  確かに聞こえた。僕の名前を呼んでくれた。 「あぁ、戻ってきてくれたんですね」  すぐにドクターが駆けつけてくれた。  モニターが再びしっかり規則正しく動き出すと、硝子の向こうで若林さんが男泣きをしていた。  なりふり構わず号泣していた。  彼が背負うものも大きかったのだろう。  お父さんが息を吹き返してくれて、本当に良かった。  僕も一気に脱力した。    あの日から1週間。  僕と若林さんはカイロの病院近くのホテルで寝泊まりをしている。  あの晩、お父さんは……奇跡的に意識を取り戻してくれた。  僕は集中治療室を出てすぐ、日本に国際電話をかけた。  真っ先に母に父の無事を伝え、それから駿と話した。      …… 「駿っ」 「どうだった? お父さんの容体は」 「危篤だった……危なかった……本当に怖かったよ」 「そうか、辛かったな」 「でも……間に合ったんだ。僕、お父さんの手を引っ張って、戻って来て欲しいと必死に伝えたら……」  駿の声を聞いたら安堵した。 「そうか、想、行って良かったな」 「しゅーん、僕を送り出してくれてありがとう」 「想が自分の力でやり遂げたんだよ。オレはディフェンダーに徹した」 「えっ、でも駿はいつもフォワードだったのに?」 「それは高校時代の話だろう? これは例えだよ」 「そうか……じゃあ僕はどんなポジションなの?」  駿は暫く考えた後…… 「想はゴールキーパーだ! 『最後の砦』だ」 「えぇ?」  まったく柄ではないので、涙が引っ込むよ。  でもお父さんに対して思えば、腑にも落ちる。  僕は黄泉の国へ旅立とうとしているお父さんの最後の砦になれたのかな? 「駿、聞いて……僕のこの細い手では何も掴めないとずっと思っていたのに、お父さんの手を引っ張って、生きている世界に連れ戻せたんだ」 「そうだ、想の手はすごいんだ。命に触れた手だ」 「大袈裟だよ」 「いや、俺は心を掴まれたしな」 「しゅーん……」  駿に今すぐ会いたい。  いつも言葉で僕を押し上げてくれる、僕の大切なパートナーに。 「駿、暫く……日本に戻れないんだ」 「大丈夫、分かっているよ。お父さんを心ゆくまで看病して、一緒に帰って来い」 「うん、ありがとう。でも……会いたい……」 「……今、キス出来そうか」 「うん、したい」  重なるリップ音は、海を越えて――

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