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絆 9

「しゅ……ん」 「想」  リップ音は止まらない。    直接触れ合えない分も心を込めて繰り返すと、身体が次第に熱を帯びて汗ばんでくる。 「あ……しゅ……ん、もうヘンになる」 「よし、想、そのまま眠れ……きっと俺の夢を見る」 「夢でも会えるんだね」 「あぁ、じゃあ仕事に行ってくるよ」 「うん、いってらっしゃい」 「おやすみ」    カイロの23時は日本の6時だ。  日本の方が、7時間進んでいるから不思議な気分だよ。  駿の今日は、僕の明日だ。  地球を跨ぐラブコールは、モーニングコール。    タイムスリップしたように枕元のカレンダーが違う日付を示しても、僕らの愛は言葉と電話越しにキスで重なって、同じ時を刻んでいく。  離れていても、もう大丈夫だ。  僕らの心は、いつもしっかり繋がっている。  今も初恋、この先も初恋をずっと続けていこう。 朝起きると、駿から写真付きのメールが入っていた。 「想、今日のランチは浅草に仕事で行ったから天丼にした。ボリューミーで旨かったぞ。帰国したら一緒に食べに行こうな」  画面からはみ出る程の大盛り天丼の写真に、思わず声をあげて笑ってしまった。  駿ってば、食べ過ぎだよ。  うんうん、帰国したらデートしよう!  そのまま客室のバルコニーに出ると、ナイル川の先に砂漠が見えた。  砂漠を渡る乾燥した風を浴びると、僕は随分遠い異国にいるのだと実感する。 「今日も頑張れ、想」    自分で自分を鼓舞していく。  勤務先には取りあえず一ヶ月の休職を願い出た。事情が事情だけにすぐに認めてもらえて良かった。三ヶ月までは延長していいと逆に言われてしまった。  だから僕はお父さんの看病に専念出来る。  お父さんはまだ集中治療室の中だから日本に帰れる体力まで回復するのに、どれ程かかるか分からない。  お父さんをお母さんの元に連れて帰るのが、僕の次のミッションだ。    僕は毎日若林さんと一緒に病院に通った。    お父さんは、まだ硝子の向こうの世界にいる。  手も足も管に繋がれ酸素呼吸器もつけているので、会話を交わすことは出来ない。感染症の心配もあり、あれから中に入ることが出来ない。  大腿部に浴びた銃弾の手術跡も痛々しく、医師の説明では何らかの障害が残る可能性があるとのことだった。 「白石さん、今日は眠っているみたいだね」 「えぇ、でもきっともうそろそろ目覚める頃かと」 「そうだな。想くん、ちゃんと眠れているか」 「はい、大丈夫です。あっお父さん目を覚ましたみたいです」  硝子越しにお父さんと目が合う。  重たい現実は付きまとうが、お父さんが息をしている、それだけでも奇跡だよ。  お父さんが生きていてくれる。  お父さんと呼べる人が、この世にいてくれる。  それが嬉しくて、僕はお父さんへの愛情を込めて微笑む。  お父さんの光になりたくて、  希望になりたくて。 **** ベッドの上から一歩も動けない。  銃撃に巻き込まれてから1週間が経った。  最初に狙撃された運転手のハンドルを握り、必死に来た道をUターンしたおかげで、九死に一生を得たと聞かされた。  出血多量で死んでもおかしくない状態から、生還したとも。    ずっと身体中激痛だ。発熱も続き意識が朦朧とする。  ここまで生きてきて、最低限の病気しかしたことがなかった。  入院も手術も初めてで、こんな自分に戸惑うことばかりだ。  我ながら、気弱になったと思う。  だが目を開ければ、最愛の息子の姿が見える。  目が合えば、とびっきり優しい微笑みを浮かべてくれる。  あの弱くて守ってやらないといけない存在だった想が、カイロまで来てくれて、私を呼び戻してくれた。  想は希望の光だ。 「白石さん、おめでとうございます! 集中治療室から出られそうですよ。息子さんに触れられますよ」  最高の知らせを聞いたのは、それから更に5日後のことだった。 「ありがとうございます。尽力してくれて……感謝しています」 「応援しています。あなたの息子さんは凄かったんですよ。息子さん自身が全身全霊で奇跡を起こす光になっていました。あなたを呼び戻したのは息子さんです。あの日の光景は忘れられません」      

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