140 / 161

絆 15 

 ピラミッドの頂上が輝けば、夜明けの合図だ。  まるでダイヤモンドのような輝きが、そこから放たれる。  砂漠を照らす朝日を身体に浴びながら、私は待ち侘びていた。  最愛の息子が病室にやってくるのを、今か今かと――    やがて規則正しい足音が聞こえてきた。  途中で立ち止まり、現地の言葉での礼儀正しい挨拶。  澄んだ声、優しいトーン。  姿はまだ見えなくても、背筋を伸ばした想の真摯な姿がありありと想像できる。  想が来てくれた。  想が生まれてから、こんなにも長い時間を共にしたことはあっただろうか。  平日も休日も関係なく、息子は私に献身的に寄り添ってくれる。  それがどんなに今の私の支えになっているか。  昨日、突き放すような言葉の後にやってきたのは、後悔の嵐だった。  強がるのはよせ。  人は歳を取る。人は弱い。  人は……人が恋しくなるものだ。  今まで寄せ付けなかったものに、今は寄り添いたい気分なんだ。  律儀にノックするリズミカルな音に、私の頬も緩んでいく。 「お父さん、想です。入ってもいいですか」 「あぁ、もちろんだ。待っていたよ」  少し照れ臭そうに、そしていつになく頬を上気させた息子が部屋に入ってきた。一気に無機質な病室が淡く優しいピンク色に色づくようだ。 「走ったのか」 「少しだけ……お父さんに早く会いたくて」 「私もだ、今日は一刻も早く想に会いたかった」 「お父さん?」 「話がある」 「ぼ……僕もあります」 「想も?」  想が私のベッドサイドに歩み寄り、突然跪いた。 「どうした?」 「お……お父さんの言葉を遮ってごめんなさい。でも……今日は、今回だけは、僕が先に言わせて下さい」  震える声で私の手を取って、祈るような眼差しで見つめてくる。 「お……父さんも一緒に日本に帰りましょう。僕と一緒に……」  一晩中考えたのか、想の少し垂れ目の優しい目が赤く充血していた。  その言葉は、私が想のために用意していたものだった。 「……あぁ一緒に帰ろう。お父さんを連れて帰ってくれないか」 「お父さん……いいのですか。ほ、本当に一緒に帰ってくれるのですか」 「あぁ、病院のドクターには朝の回診で確認してみたが、おそらく大丈夫だろうと」 「よかった……よかったです」 「想とやっと気持ちが揃ったな。その……」 「はい?」  もっと近くに、もっと傍に来て欲しかった。 「こっちにおいで」 「え?」 「いつまでも硬い床に膝をついていては、痛くなるだろう」  私のベッドに腰掛けるように促すと、想は驚いた顔を浮かべた。 「恥ずかしいです。僕……もういい大人なのに」 「お父さんも恥ずかしいから、早く座りなさい」 「は、はい」  想の肩を抱き寄せ、私は礼を言った。 「昨日は悪かった。それから……アップルパイ、美味しかったよ。ありがとう」 「あ……食べて下さったのですか」 「夜に看護師さんが持って来てくれてな。とても懐かしい味がした。お母さんにも会いたくなったし……駿くんと並ぶ想も見たくなった。私だけ意地を張ってここに残っては、つまらないと思ってな」  想が泣きながら、ふわりと抱きついてくれた。  サラサラな髪が頬を掠める。  最愛の息子が、私のために泣いてくれている。  それが嬉しくて。 「お父さん……僕……お父さんを独りにさせたくないんです。だから一緒に帰りたくて」 「あぁ、そうと決まったら日本でのリハビリ先を手配して、会社にも言わないとな」 「あ、それなら大丈夫です。もう手配済みです」 「え? 想がしてくれたのか」 「いえ……僕はお父さんみたいに機敏ではないから……日本にいる駿です。駿が奔走してくれました。駿は……日本で全てをサポートしてくれているんです」  息子が頬を薔薇色に染めて話す相手は、息子の生涯のパートナーだ。  やはり駿くんになら、想を任せられる。 「駿くんは流石、私が見込んだだけあるな。行動の素早さがそっくりだ」 「はい、駿の機敏さ、お父さんに似ていますよね」 「そ、そうなのか」 「はい、大好きなお父さんみたいです」 「そうか……想はお父さんが好きなのか」 「はい、ずっと憧れています」 「……駿くんと、どっちが好きか」    それは自分の口から出たとは思えない、甘ったるい台詞だった。  まるで幼い子供に強請る、親の常套句だ。  想が幼い頃には聞いたこともなかったのに、何故今更?  自分の発言に赤面していると、想が嬉しそうに微笑んで幼子のように教えてくれた。 「僕は、どっちも大好きです!」  その言葉に、私は密かに喜んだ。  もう肩肘張らずに、想と一緒に帰ろう。  私は生きているのだから、愛する人と暮らしたい。  強がりは捨て、心の奥の希望に素直に従おう。 「想、帰国手配を頼む」 「はい! お父さん!」        

ともだちにシェアしよう!