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絆 15
ピラミッドの頂上が輝けば、夜明けの合図だ。
まるでダイヤモンドのような輝きが、そこから放たれる。
砂漠を照らす朝日を身体に浴びながら、私は待ち侘びていた。
最愛の息子が病室にやってくるのを、今か今かと――
やがて規則正しい足音が聞こえてきた。
途中で立ち止まり、現地の言葉での礼儀正しい挨拶。
澄んだ声、優しいトーン。
姿はまだ見えなくても、背筋を伸ばした想の真摯な姿がありありと想像できる。
想が来てくれた。
想が生まれてから、こんなにも長い時間を共にしたことはあっただろうか。
平日も休日も関係なく、息子は私に献身的に寄り添ってくれる。
それがどんなに今の私の支えになっているか。
昨日、突き放すような言葉の後にやってきたのは、後悔の嵐だった。
強がるのはよせ。
人は歳を取る。人は弱い。
人は……人が恋しくなるものだ。
今まで寄せ付けなかったものに、今は寄り添いたい気分なんだ。
律儀にノックするリズミカルな音に、私の頬も緩んでいく。
「お父さん、想です。入ってもいいですか」
「あぁ、もちろんだ。待っていたよ」
少し照れ臭そうに、そしていつになく頬を上気させた息子が部屋に入ってきた。一気に無機質な病室が淡く優しいピンク色に色づくようだ。
「走ったのか」
「少しだけ……お父さんに早く会いたくて」
「私もだ、今日は一刻も早く想に会いたかった」
「お父さん?」
「話がある」
「ぼ……僕もあります」
「想も?」
想が私のベッドサイドに歩み寄り、突然跪いた。
「どうした?」
「お……お父さんの言葉を遮ってごめんなさい。でも……今日は、今回だけは、僕が先に言わせて下さい」
震える声で私の手を取って、祈るような眼差しで見つめてくる。
「お……父さんも一緒に日本に帰りましょう。僕と一緒に……」
一晩中考えたのか、想の少し垂れ目の優しい目が赤く充血していた。
その言葉は、私が想のために用意していたものだった。
「……あぁ一緒に帰ろう。お父さんを連れて帰ってくれないか」
「お父さん……いいのですか。ほ、本当に一緒に帰ってくれるのですか」
「あぁ、病院のドクターには朝の回診で確認してみたが、おそらく大丈夫だろうと」
「よかった……よかったです」
「想とやっと気持ちが揃ったな。その……」
「はい?」
もっと近くに、もっと傍に来て欲しかった。
「こっちにおいで」
「え?」
「いつまでも硬い床に膝をついていては、痛くなるだろう」
私のベッドに腰掛けるように促すと、想は驚いた顔を浮かべた。
「恥ずかしいです。僕……もういい大人なのに」
「お父さんも恥ずかしいから、早く座りなさい」
「は、はい」
想の肩を抱き寄せ、私は礼を言った。
「昨日は悪かった。それから……アップルパイ、美味しかったよ。ありがとう」
「あ……食べて下さったのですか」
「夜に看護師さんが持って来てくれてな。とても懐かしい味がした。お母さんにも会いたくなったし……駿くんと並ぶ想も見たくなった。私だけ意地を張ってここに残っては、つまらないと思ってな」
想が泣きながら、ふわりと抱きついてくれた。
サラサラな髪が頬を掠める。
最愛の息子が、私のために泣いてくれている。
それが嬉しくて。
「お父さん……僕……お父さんを独りにさせたくないんです。だから一緒に帰りたくて」
「あぁ、そうと決まったら日本でのリハビリ先を手配して、会社にも言わないとな」
「あ、それなら大丈夫です。もう手配済みです」
「え? 想がしてくれたのか」
「いえ……僕はお父さんみたいに機敏ではないから……日本にいる駿です。駿が奔走してくれました。駿は……日本で全てをサポートしてくれているんです」
息子が頬を薔薇色に染めて話す相手は、息子の生涯のパートナーだ。
やはり駿くんになら、想を任せられる。
「駿くんは流石、私が見込んだだけあるな。行動の素早さがそっくりだ」
「はい、駿の機敏さ、お父さんに似ていますよね」
「そ、そうなのか」
「はい、大好きなお父さんみたいです」
「そうか……想はお父さんが好きなのか」
「はい、ずっと憧れています」
「……駿くんと、どっちが好きか」
それは自分の口から出たとは思えない、甘ったるい台詞だった。
まるで幼い子供に強請る、親の常套句だ。
想が幼い頃には聞いたこともなかったのに、何故今更?
自分の発言に赤面していると、想が嬉しそうに微笑んで幼子のように教えてくれた。
「僕は、どっちも大好きです!」
その言葉に、私は密かに喜んだ。
もう肩肘張らずに、想と一緒に帰ろう。
私は生きているのだから、愛する人と暮らしたい。
強がりは捨て、心の奥の希望に素直に従おう。
「想、帰国手配を頼む」
「はい! お父さん!」
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