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バレンタインスペシャル『甘い視線』

『今も初恋、この先も初恋』を完結まで読んで下さって、ありがとうございます。バレンタインデーによせて特別編SSを書き下ろしていたので、こちらにも転載します。  同棲後、二人で迎えるバレンタインの様子です。  また現在『今も初恋、この先も初恋』は春庭で同人誌として頒布します。  本日3/8日11時までですが、BOOTHで先行予約も受け付けています。 https://shiawaseyasan.booth.pm/ それでは、番外編です。 ちなみにエブリスタのエッセイで書いた小話の対の物語になります。 エッセイでは、菅野と駿が江ノ島で偶然会っています。 https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=801&preview=1 **** 『甘い視線』  凍てついた冬空。  ベッドから起きて窓硝子に手をそっとあてると、まるで氷の板のように冷たかった。 「冷たい……コンコン……」  まだ咳が出るな。  週の前半から風邪気味だった僕は、結局週末になってダウンしてしまった。  昨日は38℃の熱が出てしまったが、今日はもう下がっている。  駿が甲斐甲斐しく看病してくれたし、お母さんが持たせてくれた薬もよく効いたので、だいぶ楽になった。食欲が戻ってきたので、駿が僕の好物のピザをわざわざ江ノ島まで買いに行ってくれた。  前みたいに何日も高熱を出さなくなったのは嬉しいが、僕の体質が全て変わったわけではない。駿と比べたら雲泥の差の体力……相変わらず風邪をひきやすく熱も出しやすいのは、今も昔も同じだ。  でも駿はそれを含めて、僕を丸ごと愛してくれる。 「想、ただいま!」 「駿、外は寒かっただろう」 「いや、走ったから暑かったよ」 「走った?」  確かに駿の額にはうっすら汗が浮かんでいた。 「江ノ島のピザ屋の近くで、菅野に会ったんだ。それで一緒に走ったんだ」 「菅野に? それは偶然だね。そういえば高校時代、菅野はバレーボール部の主将でカッコよかったよね。足も速かったし」 「おいおい、想、そこー?」 「え? くすっ、僕……体育館前の階段に座って、いつも駿のサッカーを見ていたから……その時体育館で練習をしている菅野のことも見かけていたんだ」 「……そうだったよな。懐かしいな」  コートを脱いだ駿が、僕のベッドに腰掛けて来た。 「想、もう熱はないんだろ? キスしたい……」 「駄目だよ。咳が出てるんだ。うつしたら……いやだから……」 「くぅううう……」  駿が前屈みになって苦悶の表情を浮かべる。 「ご、ごめん。僕が気になって……本当にごめん」 「いや、想の気持ちも分かるよ。俺のこと考えてくれているのも……」 「ごめんね」 「謝るなって、その代わり治ったら、ここに付き合ってくれるか」  手渡されたのは、江ノ島の水族館のチケットだった。 「チョコレート色のアザラシが話題らしいぞ。日付限定、触れ合い券つきの特別チケット」 「すごいね! 水族館なんて行く機会がなかったから嬉しいよ」  嬉しくて駿に思わず抱きついてしまった。  頬を摺り合わせると駿がビクッと震えたので、慌てて離れた。 「ご、ごめんね」 「……シバラクオマチクダサイ] ****  2月14日、バレンタイン当日。  二人して休日出勤の代休を取ってしまった。  これって、意味深だよなぁ。  別々の会社勤めで良かったよ。 「駿、早く行こう!」 「想、そのコートは駄目だ。アザラシのとの触れ合いは屋外だから、あのコートにしろ」 「ダッフルコート?」 「そうだ」 「駿はあれが好きだね」 「大好きだ! 「ふふ、僕もだよ」  想のお父さんの英国土産のダッフルコートは、英国製の高級な物だったので、10年が経過しても、まだまだ着られる。濃紺の表地に、裏地はブラックウォッチになっていて正統派な印象だ。それがストイックな想に、よく似合っている。  何より長めの袖の中で手を繋げ合うのが、俺のお気に入りだ。 「あと、マフラーもしないとな」 「うん」  柔らかなミルクティー色のカシミアマフラーをぐるぐる巻きにしてやると、想が可憐に笑った。 「充分、暖かいよ」 「想、もう風邪はすっきり治ったか」 「うん……もう大丈夫。その色々……待たせてゴメン」 「大丈夫だ。その代わり今日の夜は……いいか」 「そのつもりだよ、しよう!」  想の返事に浮き足だってしまった。  想のこと……いつでも抱き合える環境になっても大切にしたいんだ。  想の気持ちと俺の気持ち、いつも歩み寄りたい。  江ノ島の水族館は平日なのにバレンタインだからか、激混みだった。 「想、すごい人だな。迷子になるなよ」 「すごい人だね……それに若い人ばかりで恥ずかしいよ」  確かに周りを見渡すと子供はおらず学生カップルで溢れている。男女のカップルがイチャイチャ、イチャイチャ。これは想が気後れするシチュエーションだな。  ところがその中に希望の光を見つけた。 「想、あそこ見てくれ」 「え?」 「あの人達、素敵だな」 「わぁ……」  雑踏の中に、周囲を蹴落とす程の神々しさを放つ男性がいた。  俺たちより10歳は年上だろう。楚々として凜とした空気を放つ大人な雰囲気の男性と、盾になるような長髪の逞しい男性が立っていた。 「素敵な方だね。後ろにボディガードを控えているのかな?」 「……いや、彼等はきっと……」  美しい男性も自分より一回り大きなコートを着ていた。  水族館の中は薄暗い。  だが目を凝らすと、袖の中で手を確かに握り合っているのが見えた。 「想、俺たちも手を繋ごう」 「え、でもここで?」 「暗くてよく見えないし、皆、目の前の相手に夢中になっているさ」 「そうか、そうだね」  こういう時の想は、いつもの何倍も積極的になってくれる。  袖の中で指を1本1本絡めて、ニコッと微笑んでくれた。 「駿、また……僕たちの初めてだね、水族館デートは初めてだから」 「お、おう!」  想は、俺をやる気にさせる名人だ!  手を繋いだまま、二人でゆったりと熱帯魚や深海魚を眺めた。  想は物知りなので、いろいろ教えてくれる。俺は想が饒舌になっていくのが、可愛くて目尻が下がりっぱなしだ! 「あ、そろそろ触れ合いタイムだ」 「ドキドキするね!」  指定された時間に屋外の指定された場所に行くと、先程見かけた美しいカップルも立っていた。 「翠、ほら、触れてみろよ」 「う、うん……大丈夫かな? 噛まない?」 「大丈夫だ」 「分かった。流がそう言うのなら、信じられるよ」  外見は凜としているのに、意外と喋ると幼く天然な感じが微笑ましかった。  それにしても、隣の男性の相手が好きオーラがすごいな。  威圧される。 よーしっ、俺も負けてられない! 「俺たちも触ってみよう」 「うん……大丈夫かな」 「怖くないよ」 「駿がそう言うのなら、信じられるよ」  想が同じ台詞を放ったので、翠と呼ばれる男性がこちらを振り返った。  そして俺たちをみて、あぁ……と何かを納得したように微笑んでくれた。  見ず知らずの人だが、親しみを感じ、俺と想は会釈した。  すると、流と呼ばれる男性が近寄ってきた。 「君たち、悪いが写真を撮ってくれないか」 「あ、はい!」  二人をあざらしと一緒に撮ってあげると、満足そうに微笑んだ。 「ありがとう! 俺も撮るよ」 「あ、ありがとうございます」  想とツーショットを撮る機会はなかなかないので、嬉しかった。 「お似合いだよ」 「……お互いに、ですよね?」 「ふっ、ありがとう。そうそう、売店で売っているイルカチョコは恋の御利益があるぞ。俺たちが念をかけておいたから買うべきだぜ」 「ぜひ買って帰ります!」  帰り道、イルカチョコレートをお導き通り買ってやると、想は嬉しそうに抱えて歩いた。  可愛いな。そんなに喜んでくれるのか。 「駿からチョコレートをもらるなんて、嬉しいよ」 「バレンタインだからな。実は……もっと気が利いたものをと思ったが、一緒に出掛けてお土産に買ってやりたかったんだ」 「うん! そういうのが嬉しいよ。二人の思い出だね。あ……僕からは後でね」  その晩、想が俺に食べさせてくれたチョコはとても美味しかった。 「駿、これは僕の手作りだよ」 「いつの間に?」 「この前、お母さんに習ってきたんだ」 「おお! 滅茶苦茶美味しい。チョコレートの中はクッキーなのか」 「うん、中身はスノーボールクッキーだよ。それをチョコで包んでみたんだ」  ほろほろに崩れやすいクッキーを、チョコレートで甘くコーティングか。想らしいな。 「……駿があの日くれたチョコも美味しかったよ」 「あの日って?」 「……ほら、合唱コンクールの時に……」 「あ! 懐かしいな」 「そうだ……あの日のビデオを観る?」 「そんなの、あるのか」 「……先生が後日くれたんだ」 「想は観たのか」 「いや……ミスしたことが恥ずかしくて、まだ……」 「なら、一緒に観ようぜ」  二人で作ったビーフシチューを食べた後、上映会をした。  デザートは、甘めのホットワインと想の作ったお菓子とイルカチョコ。  ビデオに映るのは、学生時代の俺たちだ。  想のピアノの音色が、二人を、あの時へと導いてくれる。  想とアイコンタクトを取って指揮棒を振る若い俺の姿。  俺の視線と想の視線が、見事に絡み合っている。  何度も何度も……甘く、甘く、甘くだ!  あの頃も、今も、俺……想が大好きだ。 「駿……なんだか恥ずかしい」 「俺に見られているからか」 「僕、駿の視線を浴びて……幸せそうだ」 「今も幸せか」 「もちろんだよ」  想からの積極的な甘いキス、キス、キス! 「想、今日は積極的だな」 「好きだよ、しゅーん」  あの日は俺が想の口に甘いチョコレートを届けてやったが、今日は想から仕掛けてくる。  想いの丈が籠ったキスは、どこまでも甘かった。  そのままソファに敷いたラグに、想を押し倒した。  今日はもう我慢出来ない。  床暖房が効いているので、寒くはない。  だが想の身体が痛くないか心配だ。 「ベッドに行くか」 「駿、僕……今日はここでしてみたい」 「いいのか」 「うん」  毛足の長い白いラグの上に埋もれた想が、甘く微笑む。  それから不思議そうに天井を見つめた。 「どうした?」 「ん……あんな場所に何か書いてあるよ」 「ん?」  斜めになった壁の脇、寝っ転がらないと見えない位置に、小さな文字が…… 『I love the sky✈』    ……空を愛している?  これは、以前ここに住んでいたあの男性が残したメッセージなのか。 「これって、駿と僕のことみたいだ」 「確かに! 粋なメッセージを見つけたな」 「……青い空は駿だよ」 「白い雲は想だ」 「うん」 「じゃあ空は?」 「……僕たちが一つになることかな……?」 「想、だから好きだ、大好きだ」  今宵もキスから始めよう、俺たちの初恋を―― **** これは最高に甘い夜になりそうですね。 今回『重なる月』の翠と流とクロスオーバーしました。翠と流も若い頃、水族館デートらしきものをしていました。それは、ここで書いています。 『忍ぶれど……』バレンタイン水族館 また天井に落書きをした人物も『重なる月』に出て来ますよね。 ****

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