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【最終話】聖なる初恋 14

 リビングに戻ると、テレビに除夜の鐘をつく番組が映っていた。  しんしんと降り積もる雪のように厳かな雰囲気の中、お父さんが僕の前に立った。 「想、そろそろだな」 「お父さん……」 「なぁに、スープの冷めない距離だ」 「それでも……」 「想はもう立派な青年だ。駿くんと二人の生活をそろそろ始めないとな」  お父さんがそっと肩に手を置いてくれる。 「頑張れ、いつも応援している。永遠に想の味方だよ」 「お父さん……」  何をどう伝えたらいいのか。  こんなにも僕を愛してくれる父に。 「小さい頃から……今も昔も……僕の憧れの大好きなお父さんです」 「ありがとう。小さい頃、もっと遊んでやればよかったな」 「これからでも遅くないよ。僕たち沢山遊びに来るから……あの……駿が言った通り……お父さんとお母さんに孫を見せられなくてごめんなさい」  ずっと心の奥に溜っていた言葉をようやく言えた。 「馬鹿だな。駿くんにも言った通り、お父さんたちは孫を見たいんじゃなくて、息子の笑顔が見たいんだ。それにその分、駿くんと想と沢山交流出来るのだから、楽しみにしているよ」 「うん、うん……そうしたい」 「そうしておくれ。さぁもう時間だ。駿くんが迎えに来てくれるのだろう?」 「その予定だけど、まだ」 「もう日付が変わるよ」  お父さんがまた僕の背中を押してくれる。  マンションの扉を開けると、もう駿が立っていた。  同時に日付が変わったようで、船の汽笛が聞こえてくる。 「除夜の汽笛」だ。  新年を迎えた瞬間に、港の船が一斉に汽笛を鳴らしているのだ。 「もう来ていたの?」 「あぁ、待ちきれなくて」    いつもの台詞、いつもの笑顔に安堵する。 「お父さん、お母さん、俺たち今日から一緒に暮らします」 「あぁ、想を頼む」 「駿くん、想をよろしくね」 「はい! お父さん、お母さん、今日から二人目の息子として、改めてよろしくお願いします」  真夜中なのに、爽やかな風が吹いていくようだ。  そのまま駿のマンションに徒歩で向かった。 「荷物はスーツケースだけ?」 「うん」 「そっか、そうだよな。都度取りに行けばいいさ、何度でも」 「ありがとう」  ****  想と再会してから三年後、俺たちは新しい年を迎えるのを機に、もう一歩踏み出すことになった。  年が明ける前に想のマンションに到着したが、インターホンは押さずに、出てくるのを待った。  親子の時間も、大切にして欲しいから。  そして除夜の汽笛が響く海岸に、響くスーツケースの車輪の音。  いよいよ始まる二人暮らしに胸が高鳴る。 「想はこっちの部屋を使うといいよ。風通しのよい日当たりがいい部屋だ」 「いいの? ありがとう、じゃあ先に荷解きしちゃうね」 「手伝おうか」 「大した荷物じゃないから」 「じゃあ見てる」 「くすっ、じゃあ手伝って」  冬物のセーターやシャツ、パジャマ。  お母さんが用意した常備薬もあった。  衣類の傍らに置かれた缶には、見覚えがあった。  想の宝箱だったよな、これ……  想がクローゼットに衣類を吊っている隙に、覗かせてもらった。  その後、居間でテレビを見ていると、想が真っ青になってやってきた。 「どうした?」 「あ、あのね……駿、ここに入っていた指輪を知らない?」 「え?」 「ほら、文化祭の時の……」  実はさっき見てしまった。  あんなおもちゃの指輪をずっと持っていてくれたなんて驚いた。  同時に最高に嬉しかった。  だから魔法をかけてやりたい。 「さぁ?」 「困ったな。どこに行ったのかな?」  さてとポケットに忍ばせた小さな箱を、どのタイミングで出すべきか。  あぁ、やはり緊張するよ。  あの日のように笑顔で受け取ってもらえますように! *** 「俺、ずっと想と一緒に生きていきたい」  唐突に駿から降って来た言葉に驚いて顔をあげると、視界がぼやけた。  思いの丈がこもった抱擁と口づけの後、手の平に小さな箱が置かれた。 「指輪も、もう離れたくないってさ」 「あ……これって」  箱の中には、あの日のおもちゃの指輪が仲良く二つ並んでいた。 「これさ……最初からペアだったんだ。想……ずっと持っていてくれてありがとうな」 「駿も……やっぱり同じの、持っていたんだね」 「まあな。この指輪って俺たちみたいだな。最初は仲良く並んでいたけど、途中でバラバラになって、ようやくまたここに戻ってきた。実は一度なくしてしまってかなり焦ったよ。実家を這いつくばって根性で見つけたんだ!」 「僕も同じだ。何度か見失いそうになったことがあって、その度に怖かった。うっ……」 「もうなくすなよ! って俺もか」  あの日と同じ駿の明るい笑顔に、長い間すれ違った時間に想いを馳せ、思わず涙が頬を伝ってしまった。   「あっ、想……泣くなよ」  そう言われても、溢れる涙は止まらない。  あの日結べなかった恋が実る日が来たのだから。 「想……もう一度だけ謝らせてくれ。俺はずっと後悔していた。あのトンネルでの出来事を、今でも取り消したいと思っている」 「いや、あの日がなかったら今日は来なかった。僕こそ遠回りしてごめん」  そう告げた途端、駿に抱きしめられた。  駿の身体は、あの頃よりずっと逞しくなった。 「今日から僕らの世界は、二人の世界になるんだね」 「想、今から結婚の儀式をしよう」 「ん……いいね。僕たち、また一つになろう」    寒い部屋が、お互いの吐息で暖まっていく。  もどかしかった日々は、隅々まで幸せ色になっていく。 「初恋のままだ、想」 「駿、最初から好きだった。今もこの先もずっと初恋だ」  手を繋ぐところから、もう一度。   『今も初恋、この先も初恋』 了  エピローグ  それは手を繋ぎたくなる程の寒い日のことだった。  電車に溢れるのは、振り袖姿の女の子達。 「あぁそうか、今日は成人式なんだね」 「もう10年も前か、懐かしいな」 「駿は成人式に行ったの?」 「あぁ、高校の同級生と集まったよ」 「……みんな来た? 女の子も?」 「女子はみんな振り袖で、男はスーツが多かったよ」 「……そう」  振り袖姿か。  誰もが目で追ってしまう煌びやかな世界で、鮮やかな色の洪水だ。  隣にいる駿だって、きっとそう思っているだろう。  これは敵わないな……と、少しだけ後向きな気持ちになっていると、駿がスーツ姿の僕をじっと見つめてくる。 「どうしたの? ……モノトーンでつまらないだろう?」 「いや、全然! 断然、想の色がいい!」 「て……照れるよ」 「俺たちは永遠に初恋を続けていくんだから、いいよな」 「も、もう――」 『初恋』とは、生まれて初めての恋だけではない。    僕たちにとって、いつも新鮮な恋のことだ。  僕らは今も初恋を続けている。  そしてこの先もずっと初恋を続けていく。 「想、このまま銀座に買い物に行こう」 「え? 随分、遠出だね」 「行きたい店があるんだ。再会した日にしていた指輪。想のための指定席を覚えているか」 「もちろん、あれは……感動したよ」 「想も俺の指定席を作ってくれないか、ここに」  左手の薬指をそっと撫でられる。 「あっ、じゃあ駿とお揃い? いいね」 「あ、あのさ、あれ世間では『結婚指輪』と言うらしいぞ」 「うん、だからいいなって」 「そ、そうか!」  照れ臭く微笑み合い、ダッフルコートの長い袖の中で手を握りあって、二人の居場所を作った。  僕たちは二人で歩き出す。  どこまでも続く『初恋』という道を――   あとがき **** ついに夏から社会人編を連載していた『今も初恋、この先も初恋』が完結しました。全161頁、じっくり描くことが出来て満足しています。 エッセイでもこの1年間を振り返って、初恋について語りましたが、割と早い段階から、とても甘く幸せな話で……今まではどん底から這い上がってくる話ばかりでしたが、この話では外から見たら両親も揃い、何不自由なく見える想……そして爽やかな幼馴染みの駿が主人公でした。幸せを守るということをテーマに丁寧に描きました。 2023年4月に『今も初恋、この先も初恋』の同人誌を頒布予定です。 春庭にも出ます!よかったら遊びにいらして下さい💕 今回の同人誌は8月から書き続けた社会人編は、字数の関係で除く短編バージョンとなります。その分少々ボリューム不足だった高校生編を体裁を整え、沢山加筆し、更に初恋前線をテーマにしたSSを4本お付けする予定です。 結婚(同棲)を始めた二人の甘い日々や温泉旅行編。更に同人誌恒例となった『幸せな存在』とのクロスオーバーも予定しています。初恋らしい1冊で胸がキュンキュンする内容の本になればと思っています。また随時同人誌情報はエッセイに載せていきますね。 エッセイはこちらです。https://estar.jp/novels/25768518

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